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5行相生 考えてみたら

構成も考えず、推敲もせず。
なんて、これでいいはずがない。
ここまでのは別の形に仕上げ、
何とかお目見えできるように努力します。

新しい「5行相生」は趣旨を変え、
それでも何かやっていこうと考えています。

投稿者:高嶋真志  2005.12.28

5行相生(一)「行雲流水」51

 「皆同じなんですね。何年もこんな状況がそこかしこで繰り返されてるんだ」
桜井は彼女の背中から佐藤の顔へと視線を移した。時計は22時を示し、帰る客
と来る客が入口ですれ違う時間帯になっていた。「時間大丈夫?」「はい平気で
す。飲むよ。佐藤さんは?」「うん、確実に飲むね」。2人は少し笑い、渡辺さ
んにビールを追加した。彼女は「内緒で1杯ずつサービスしますよ」と微笑んだ。

*「5行相生」についてはこちらをご覧ください。
(プリントアウトして持ち歩くとより便利です)

投稿者:高嶋真志  2005.12.24

5行相生(一)「行雲流水」50

「丁度そんな感じの過去の上司と、今日たまたますれ違ったんですよ。数年ぶり
に。こっちは近づいていったのに、向こうは相変わらずで。最悪な気分に落とさ
れました」桜井は偶然を喜ぶように、笑みと共に語った。「それで今日は盛り上
がってるんですね」無邪気に問う彼女の後から「ジントニック2つね」との声が
聞こえ、彼女は「すみません、また」と軽く会釈だけ残し仕事に戻っていった。

投稿者:高嶋真志  2005.12.23

5行相生(一)「行雲流水」49

 佐藤は彼女に名を聞いた。「渡辺と言います」「あー渡辺さんよろしく」桜井
もよろしくと一言だけつないだ。簡単な挨拶を終え彼女の言葉はなおもつづいた。
「仕事してるといませんか。『どうしてそうなるの?』ってヤツ。ちょっと質問
したりお願いしただけなのに、無闇な怒りで返答してきたり。やたらとテンパっ
てる上司とか。どこにでもいるんでしょうけど、あれは見ていて憐れですよね」

投稿者:高嶋真志  2005.12.22

5行相生(一)「行雲流水」48

 「先ほどから面白そうな話をされてますね。すみません、少し聞こえてしまい
ました」。桜井と佐藤は若い女性店員の言葉を快く受け止めた。「私、心ここにあ
らずの状況が、最近すごく多いんです」。彼女は右手の人差し指を立て、2人の前
に差し出した。「この1本の指が2本に見えるピントってありますよね。ハッと気
づくと、そのピントのまま歩いてたり、部屋ですごしたりしてるんです」

投稿者:高嶋真志  2005.12.21

5行相生(一)「行雲流水」47

 テーブルの上からはすでに、食べ物が無くなっていた。「何か追加しましょう
か」佐藤は他に思考がまわっている様子のまま「お前に任すよ」とだけ返した。も
う少し語りたいと感じていた桜井は、お酒のペースを邪魔せずに永くテーブルに残
るものをと考えた。「すみません、オーダーいいですか」桜井に応えたのは若い女
性店員だった。注文を聞き終えた女性店員は、少し照れながら2人に話しかけた。

投稿者:高嶋真志  2005.12.19

5行相生(一)「行雲流水」46

終わりが無い上にやりつづける選択肢しかないというのは実際厳しいよね。そう
考えると迷えるって、ある意味幸せなことなのかも。佐藤さんが言う『右も左も
判断材料がないから迷いすら分からない』というのには、そんな先の見えないフ
ラストレーションも根にあるんだろうね」「それはあるね、でも皆そうなんじゃ
ない?」「僕だってそれは同じですよ。漠然と走っている実感がありますしね」

投稿者:高嶋真志  2005.12.18

5行相生(一)「行雲流水」45

 「迷いのはいいけどサッカーのは微妙だなあ。つまり言いたいのは、ゴールを
持たないマラソンランナーみたいな状況ってこと?」「あー、そっちの方が近いか
も」「僕、思ったことがあるんですよ、独り暮らしを始めたときに。主婦業って案
外ラクなのかなって。よほどの邸宅や大家族でもない限り、毎日の家事量は知れ
てるでしょ。でもさ、主婦業には終わりがないんだよ。それに選択肢も限られる。

投稿者:高嶋真志  2005.12.16

5行相生(一)「行雲流水」44

 「会社のこともあるけど、自分自身どうしてかしっくりこなくてさ。何が原因
じゃないけれど、体内に重い雲がどんよりと立ちこめてて。迷いって右か左かの
選択肢があるから存在するでしょ? 俺は右も左も判断材料がないから迷いすら
分からない。前に行こうの気持ちだけ。サッカーで言うなら、パス先も見えずサ
イドラインのギリギリを走りつづけ、ちょっと押されると飛び出ちゃう感じかな」

投稿者:高嶋真志  2005.12.15

5行相生(一)「行雲流水」43

 「最近さ、バイオメタリーが落ちているみたいで、やけに気分の沈みを感じる
んだ。うまく行かないと言うか」「ん? それってバイオリズムのこと?」「え、
俺なんて言ったっけ?」「バイオメタリー」「そんなこと言ってねーよ」「バイオ
メタリーが落ちてるって、どんな状態だよ」。佐藤の言い間違えで、2人はさらに
笑った。「でも本当の話、最近俺…」。佐藤は突如、深い表情で語り出した。

投稿者:高嶋真志  2005.12.14

5行相生(一)「行雲流水」42

 2人はようやく運ばれた食事を少しずつ口にした。「アンチョビとキュウリっ
て、意外に合うね、美味しいこれ」という佐藤の率直な感想に、桜井は「自分に
食べ物の何が分かるんだよ」と悪態を返した。桜井は今日この席に座って初めて
笑ったと思った。佐藤もやっと落ち着きを感じることができたと思った。お互い
に、そんな時間をとても心地よく感じていた。

投稿者:高嶋真志  2005.12.13

5行相生(一)「行雲流水」41

「なんだか突然吸いたくなってさ。佐藤さん待ってる間に。店の人に言って買っ
たんだ」「そりゃあどうもすみませんね」「そんな意味で言ってないよ。前に話
したことあったかな、ほら、前の会社にいた上司の話。今日の夕方、偶然その人
とすれ違ったんだ。『お久しぶりです』って言ったら返事は『おう』のただ一言
で。そのとき陥ったいやな気分も、今の煙草につながってるんだけれどね」

投稿者:高嶋真志  2005.12.12

5行相生(一)「行雲流水」40

「じゃあ努力の意味は?」「生きていること自体が努力かも知れないけど…。目の
前の問題に打ち克とう、より前進、向上していこうというのが努力じゃないかな。
心に思ったことを恐れず正直に実行していく、これが流れに沿った努力だと思う。
欲が絡んだものは努力じゃない。人が悩む原因はそこだよね」。桜井は6本目の煙
草に火を点けた。「あれ? そう言えばお前、煙草やめたんじゃなかったっけ?」

投稿者:高嶋真志  2005.12.10

5行相生(一)「行雲流水」39

「流れってなに?」「例えばさ、例えば上流から下流に流れていくように、人間も
誕生から死みたいな大きな一つの河があると思うんだよ。その流れやどこからど
こへというものはある程度決まっているのかも知れない。それが運命。だからそ
の流れに身を任せておけばいいのにさ、人間は欲を出すでしょ。あちらにも流れ
たいこちらにも流れたい。果てには逆流とか。役割を逸れる原因は欲じゃない?」

投稿者:高嶋真志  2005.12.09

5行相生(一)「行雲流水」38

佐藤は言葉をつづけた。「努力してもすべてが決まっていると思うと、なんだか難
しいよなあ」。しみじみと語りゆっくりとグラスを置く佐藤を見て、桜井は返答を
しばし考えた。「俺も運命、と言うか、持って生まれた役割のようなものは各々に
あると思うよ。それが努力で云々ならないのも分かる。ただ努力じゃなくて、与
えられた流れに乗っているかどうかが、運命に対峙できているかどうかだと思う」

投稿者:高嶋真志  2005.12.08

5行相生(一)「行雲流水」37

 佐藤の注文につられ、桜井もさらに無邪気な質問を重ねた。「でも、マイナスに
捉えるかプラスに捉えるかで、随分とその解釈も変わるんじゃないの? リストラ
という言葉はあっても、捉え方で結論も変わるでしょ」「言葉はどうあれ、人の運
命は決まってるんだよ。事象をどう捉えるかというのも運命だし、俺が今お前と飲
んでるのも運命、会社を辞めるも辞めないも、結局決められていたんだよ」。

投稿者:高嶋真志  2005.12.07

5行相生(一)「行雲流水」36

 桜井にはあまり実感が無く、佐藤と素直に話ができた。「でも、そんな勝手な解
雇なんてあり得るの?」「基本はないけど、ウチ同族企業じゃん。だから解雇とは
直接言わないけれど、暗黙でそんな状況を圧しつけて、体のいいリストラだよ。み
んなあきらめてる。次は俺かと、残る社員はみな畏れてる。社長はなんで分かんな
いんだろうなぁ。会社に良いはずがないよ」。佐藤はさらにビールを注文した。

投稿者:高嶋真志  2005.12.06

5行相生(一)「行雲流水」35

 「違う違う、俺は違うよ。俺ももう、辞めたいと思うけどさ、同僚や上司が突
然いなくなるんだよ。初めての感覚で、結構辛いね」「俺も知ってる人?」「何人
かはいるかもだけど、知らない人がほとんどだと思う。まあそれはそれとして」
「そうか、それで今日は遅くなったんだ」「実際そうだよ。突然の辞令だからね。
腹立つわ悲しいわで、関係者で話をしていて。だから連絡できなくてゴメン」

投稿者:高嶋真志  2005.12.05

5行相生(一)「行雲流水」34

 席についてまだ数分の佐藤だが、「すみません、同じもの」と3杯目のビールを
注文し、桜井のペースに追いついてきていた。「いい感じで飲んでるね」「まぁ明
日休みだしさ」。桜井は佐藤が話を始めるのを待とうと思った。「突然さ、会社で
10人のリストラがあったんだよ」食事がテーブルに並ぶ前に佐藤が話を始めた。
桜井は反応に迷ったが沈黙をきらい「え、先輩もそれに?」と相槌を打った。

投稿者:高嶋真志  2005.12.04

5行相生(一)「行雲流水」33

「いや、話したいんだよ。ただもうちょい飲んでからにしたい」「分かったよ、そ
れは任す。好きにしていいよ」。一時2人に、無言の時間がつづいた。桜井にとっ
て、沈黙もいやではなかった。それは気まずさというものではなく、お互いが分か
り合ってのものと理解していた。このまま黙ったままでも良いと感じていた桜井だ
が、佐藤が言葉を発した。「誰にも言うなよ。お前だから言えることだから…」

投稿者:高嶋真志  2005.12.03

5行相生(一)「行雲流水」32

 桜井は空腹のまま3杯目のグラスになっていた。すでに酔いを感じていた。「じ
ゃあ注文しちゃいますよ」お腹を満たす食事を何となく避け、軽いつまみだけを幾
つか注文した。「で、どうしたの?」注文を終えると桜井から会話が再開された。
「いや、ちょっとね」「ちょっとね、じゃなくてさ」「もうちょい飲んでからね」
「何? 溜められると気になる。話せるなら話してよ。無理しなくていいけど」

投稿者:高嶋真志  2005.12.02

5行相生(一)「行雲流水」31

カツンとグラスが合わさると、佐藤はグラスの2/3を一気に飲み干した。「実
は今日さ、会社で大変だったんだよ」「べつにいいよ、遅刻の言い訳なんか」
「いやいや、本当だって」佐藤は煙草に火を点け煙を吐き出すと、少し深刻な面
持ちになった。表情の変化を察した桜井は「とりあえず何か食べ物頼みましょう
よ」と話の流れを一度切り替えた。「何食べます?」「桜井適当に決めていいよ」

投稿者:高嶋真志  2005.12.01

5行相生(一)「行雲流水」30

 「なに、先飲んでんの?」「当たり前だろ、そりゃ飲むよ。もう2時間近く独り
でここ座ってんだから。飲ませろよ」桜井は先輩である佐藤に対し、同等の口調で
会話が出来ることを愉快に感じていた。「メシは?」「それはね、さすがに食事は
待たせていただきましたよ」「おー、エライじゃん」。「ビールでーす」。若いボ
ーイがグラスを運んできた。「はいおつかれぇ」と佐藤はすぐにグラスを持った。

投稿者:高嶋真志  2005.11.30

5行相生(一)「行雲流水」29

 「よう、お待たせ」なんの連絡もないままに佐藤がお店に現れたのは、20時
も15分前になっていた。「待った?」悪気のない佐藤のそのセリフに、「お前
さぁ、普通に考えてみてよ。何分待ったかっつーの、マジで。このまま独りで飲
んでいようかと思ったよ」と桜井は笑みを浮かべつつ返した。「すいません、生
ビール」なんの悪気もなくオーダーする佐藤を、桜井はさらなる笑みで眺めた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.29

5行相生(一)「行雲流水」28

 時計を見ると、19時半になっていた。不思議と心の波紋は穏やかで、流れる
時間に身を任すことができていた。聞こえるまま、見えるままに、薫るまま、味
わうままに、桜井は落ち着きというよりもむしろ、目には映らぬ何か、流れのよ
うなものに腰を掛けている感覚を味わっていた。意識的にでは無かったが、自ら
のコントロールが放棄されることが、こんなにも心地よいものかと自覚した。

投稿者:高嶋真志  2005.11.28

5行相生(一)「行雲流水」27

 鼻先で紅色を発する煙草の先端を眺めていると、時間の経過という概念までも
が無くなった。久々に体内に吸い込む紫煙だったが、ムセるでも快適でも、不味
いでも美味しいでもなく、ただ吸っては吐き、限界まで伸ばした灰をトレイに落
とすだけの時間が進んだ。その合間に、譜面に描かれる休符のようなタイミング
で、手持ちぶさたの桜井はビールで口内に広がる煙草の味覚を洗い流していた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.27

5行相生(一)「行雲流水」26

 「すみません、セブンスターありますか?」先ほどのウェイトレスに問うとす
ぐに手渡された。「火もお借りできますか?」半年ぶりの煙草に火を点けた。ピ
ンク色の空間ではロックが終わり、ジャズが流れ始めた。消極性を楽しもうとし
た桜井だが、マイナスの心情に不健康なマイナスの要素を掛けるとプラスに転ず
るのか、紫煙を吐き出すと途端にネガティブな雑念が描けなくなるのを実感した。

投稿者:高嶋真志  2005.11.26

5行相生(一)「行雲流水」25

 「ビールです」。今度はカラフルな古着をまとう若いウェイトレスがビールを運
んできた。「ありがとう」。桜井は湧き上がる雑念を、少し楽しんでみようと思っ
た。考えるという行為を意識的に試みると、近年の出来事が頭でか心でか理解で
きぬまま、体内をめぐった。恋人との別れ、転職、人間関係…。来年30歳にな
る桜井は、今の時期が修行期間であると信じていた。久々に煙草が欲しくなった。

投稿者:高嶋真志  2005.11.25

5行相生(一)「行雲流水」24

 佐藤はしばらく現れず、先に出したメールに返信が来たのは約束時間を15分
ほど過ぎてからだった。「悪い、もうちょい遅れる」。待つことに慣れない桜井は
即座に1杯目を飲み干し、2杯目を注文した。読みかけの本を一瞬手にしかけた
が、今日は何もせず、ただお酒と向き合うことにした。予期せぬ待ち時間を、桜
井は極度に長く感じていた。銀座で再会した元上司がふと頭に浮かんだ。

投稿者:高嶋真志  2005.11.24

5行相生(一)「行雲流水」23

 桜井は18時半になると携帯電話を取り出し、「先に店内にいます。座席は地
下です」というメールを佐藤に送った。1杯目のグラスを覆っていた氷はすでに
溶け、テーブルに水たまりをつくっていた。ティッシュでテーブルを拭き、あと
一口の量をいつ飲み干そうか、桜井はタイミングを計っていた。空腹で酔いが早
かったこともあり、できれば佐藤の来店と同時に2杯目を頼みたいと思っていた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.23

5行相生(一)「行雲流水」22

 「乾杯」と心でつぶやき、冷たいビールを口に入れる。その瞬間考えるという
動作が止まり、ただピンク色の空間に人がいて、自分が存在し、飲み物があるこ
とだけが事実となる。桜井はこれを一種の瞑想状態と思った。コーヒーショップ
では味わえない、酒場で独り過ごすことで得られる自己との対話時間。しかしこ
れから連れが来るから良いものの、ずっと独りでは飲めないなと桜井は思った。

投稿者:高嶋真志  2005.11.22

5行相生(一)「行雲流水」21

 「ビールでーす」若いボーイが飲み物を運んだ。凍り付いた霜の中に微かに透
ける黄金色。桜井はこの1杯目を見るたびに、ウィークデイが終わることの爽快
感と今夜の期待感を抱き、気持ちを昂ぶらせた。グラスを寄せ視線を上げると、
不規則に垂れ下がる白熱灯がレンガを優しく暖め、さらに古木からできたこげ茶
のテーブルチェアにも温度を与え、周囲が濃いピンクに彩られているのを感じた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.21

5行相生(一)「行雲流水」20

 売り場には自分の場所がないと悟った桜井は、待ち合わせまで30分ほど早か
ったが、先に店に入ることにした。重厚な木扉を開けると地下に通され、階段を
降りて四方がレンガに囲まれる暖炉脇の席に案内された。「やはりこの空間は落
ち着ける」。「お飲み物はどうしますか?」本当ならば連れを待つべきなのであろ
うが、佐藤との関係を考慮し、桜井はすぐさま生ビールを注文した。

投稿者:高嶋真志  2005.11.20

5行相生(一)「行雲流水」19

 早くに到着した桜井は、百貨店で時間をつぶすことにした。佐藤との酒席の他
ほとんど新宿に行くことのない桜井は、専門店に並べられる男を煌びやかに彩る
アイテムを、珍しそうに見てまわった。久々の時間だった。しかし目前のアクセ
サリーや時計、高級な手帳や財布には魅力を感じず、ボロボロの定期入れくらい
換えるか、程度にしか思えなかった。商品に食い入る客を鬱陶しくすら思った。

投稿者:高嶋真志  2005.11.19

5行相生(一)「行雲流水」18

 「今日は早く行くよ」との言葉で、佐藤と約束したのは18時半だった。桜井
は地下鉄に乗り、新宿三丁目のバーに向かった。古めかしい洋館が改装されてで
きたその店は、以前から佐藤のお気に入りだった。「ここは時間がいいんだよ」。
桜井は佐藤のその意見に同調していた。2週間前にこの店で佐藤と飲み明かした
ばかりだったが、桜井も蔦にくるまれたその洋館で過ごす時間が好きだった。

投稿者:高嶋真志  2005.11.18

5行相生(一)「行雲流水」17

 俺は30年後に自身の何かをリメイクするような、そんな何かを今、している
だろうか。創作にたずさわる人間ではないにしても、何年後かに誇れる今を過ご
せているのだろうか。僕には今、何ができるのか、そして、何をすべきなのか。
桜井は年齢に見合う、誰もが経験する迷いのようなものを持っていた。桜井は、
17時の閉館まで、たった10点ばかりの作品をただじっくりと眺めていた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.17

5行相生(一)「行雲流水」16

 16時を過ぎると夜の近づきが感じられた。中の明るさが見えるガラス扉を開
け、桜井は音楽を止めて画廊に入った。桜井は画家の絵画はもとより、人間その
ものに興味を抱いていた。直接会って、話してみたいと常々考えていた。こじん
まりとした会場には10点ほどの絵が展示され、作者が描いた約30年前の作品
を自身がリメイクした、彼の過ごした時間に触れることのできる内容であった。

投稿者:高嶋真志  2005.11.16

5行相生(一)「行雲流水」15

雑念の消し方を再確認できた桜井は、今日のこの偶然を自分に贈られた物として
考えることができた。心に残ったタバコの煙のような醜い雲こそ晴れなかったが、
首都高速の下をくぐり京橋界隈に来ると、近くのカフェから薫る煎りたてのコー
ヒーの香が桜井の気持ちに多少のゆとりを与えていた。残すところあと2ブロッ
クほどの画廊まで、桜井はイヤフォンから流れる音楽のボリュームを上げ歩いた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.15

5行相生(一)「行雲流水」14

 「こんなことを考えてしまうのは、自分の状態が悪い証拠だ」
 桜井は湧き出る雑念を意識的に閉じこめた。他人をこう思うことが、決まって
自分自身も落ち着いていないときであること、またこの感情はなにも解決せず生
産性もなく、ただ時間とエネルギーの無駄遣いであり、無意味なものであるとい
うことを、彼等を通して学んでいたからである。今日、彼とすれ違えて良かった。

投稿者:高嶋真志  2005.11.14

5行相生(一)「行雲流水」13

カラス、カラス、カラス……。桜井のイヤな気分はぬぐい去れなくなっていた。
これまでの人生で、桜井にはもう一人だけ同じように感じる人がいた。これも仕
事で出会ったHという女性だった。滅多に人を否定することのない桜井が、生来
初めて「汚い」と思う女性だった。それは見た目ではなく、内面からにじみ出る
空気感、また、一挙動ごとに振りまかれる周囲への不快感から来るものだった。

投稿者:高嶋真志  2005.11.13

5行相生(一)「行雲流水」12

 高いビルの狭間に微かに光る青空は目に入らぬまま、桜井は感情のないアスフ
ァルトばかりを見つめ歩きつづけた。先の元上司の言動は何かに似ている、マネ
キンのように佇む街路樹の脇を抜ける桜井に、それがカラスであると分かった。
近づくだけで伝わり来る内に秘められた凶暴性、不必要に与えられる不安感と恐
怖心。それは権力のようなもの、いや、まさに一つの権力であると感ぜられた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.12

5行相生(一)「行雲流水」11

音だけの挨拶だった。時は、人も関係も変えてはいなかった。好悪はさておき「お
う」とだけ残し去ることのできる彼の人間性を、改めて理解できないと感じた。
「原因は自分か」と自己嫌悪に陥りかけたが、世の中にはその類の人間もいるの
だと、この経験を良いものにしようと努めた。柳川の電話の件で良い気持ちにな
った桜井だったが、突然心に事故を負ったように、顔を下に向け京橋に向かった。

投稿者:高嶋真志  2005.11.11

5行相生(一)「行雲流水」10

 できることならこのまますれ違いたいと思
う2人だったが、一度合ってしまったお互い
の視線を外すことはできなかった。「お久し
ぶりです、お元気ですか?」先に声を発した
のは桜井の方だった。「おう」返されたのは

投稿者:高嶋真志  2005.11.10

5行相生(一)「行雲流水」9

転職後の身のこなしはここで培われたものだ
った。「あれはあれで、勉強させてもらったな」
無責任にこの場を歩ける喜びを確認しながら
エントランス前を過ぎ去ろうとしたそのとき、
桜井は前方から殺気のようなものを感じた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.09

5行相生(一)「行雲流水」8

今の自分の立場と比較しながら、苦しかった
日々を思い返した。かつて現前の建物内で、
細心の努力で会話を試みても通じ合えない人
間と出会い、その不可抗力への対応を試行錯
誤できたのは今の桜井にとり有意義な経験で

投稿者:高嶋真志  2005.11.08

5行相生(一)「行雲流水」7

 百貨店と高級な宝石店に挟まれた細い路地
を通ると、2年前まで桜井が勤めていた会社
が見える。今も同僚が多く在籍する建物はあ
の頃のままで、まだ20代だった自分がどの
ような気持ちでここを歩いていたか、桜井は

投稿者:高嶋真志  2005.11.07

5行相生(一)「行雲流水」6

 先輩の佐藤との待ち合わせ時間までは2時
間ほどあった。久々に映画でも見ようかと考
えたが上映時間が合わず、桜井は京橋のギャ
ラリーで開かれている画家の個展を見に行く
ことに決め、賑わう銀座の街を歩き始めた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.06

5行相生(一)「行雲流水」5

笑って捉えて良いのだと直感した。借金に苦
しむ柳川になかなか連絡できぬこの1年に、
ようやくゴールが見えてきたと桜井は感じた。
 留守電には何もメッセージを残さず、桜井は
軽く微笑みながら携帯をかばんに仕舞った。

投稿者:高嶋真志  2005.11.05

5行相生(一)「行雲流水」4

 5回目のコール音がメッセージに変わった。
 「お電話うれしゅう……」
 マフラーを巻いて寂しそうに現れた昨年の
柳川の姿と、この違和感溢れるメッセージとの
ギャップに桜井は何となく安堵感を覚え、

投稿者:高嶋真志  2005.11.04

5行相生(一)「行雲流水」3

 秋がようやく深まった感のある11月初旬
の銀座には、早くもマフラーを巻く女性が見受
けられた。「今年も終わりか」と電話の横目に
眺めた桜井は、最後に柳川に会ったのが、ちょ
うど昨年の今頃だったことを思い出した。

投稿者:高嶋真志  2005.11.03

5行相生(一)「行雲流水」2

 電話をかけた桜井は、この留守電メッセー
ジを笑って捉えるべきか、何か柳川に異変が
起きているのではといぶかるべきか、すぐに
は判断がつかなかった。もう一度だけ聞いて
みようと、桜井は改めて携帯電話を握った。

投稿者:高嶋真志  2005.11.02

5行相生(一)「行雲流水」1

 「お電話うれしゅうございます。こちらは
柳川家でございます。只今お坊ちゃまはジム
にて汗を流し、肉体美を創造しておられます」
 携帯が通じず、一人暮らしの友人宅に電話
をすると、こんなメッセージが流れてきた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.01