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筋肉牧場 南米#104

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 リマ発ヒューストン行きの飛行機に乗ると、軽快な音楽が流れていた。「♪Good Morning Mr,Echo, How Are You Today…」。ヒューストンから成田へは、ラタ・マンゲシュカールばかりを聴いていた。両方とも南米とは関係ないが、いつか聴いたらこの旅を想い出すきっかけになるだろう。
 今回の旅では、13本の飛行機に乗った。そして最終着陸地となる、日本に到着した。

写真:約11ヵ月の旅を、ひとまず終える。

投稿者:高嶋真志  2006.12.25

筋肉牧場 南米#103

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 帰国日が近づいてきた。約11ヵ月にわたり、リマ〜クスコ〜マチュピチュ〜チチカカ湖〜リオデジャネイロ〜イグアスの瀧〜ナスカと旅をしてきた。どこも印象が深く、一生忘れることのない場所ばかりだった。海外に行けるチャンスはそう何度もあるわけではないが、少しでも多くの生活や文化に、これからも触れていきたい。

写真:100×96mもの大きさがあるハミングバード(ハチドリ)。

投稿者:高嶋真志  2006.12.22

筋肉牧場 南米#102

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 オアシスは不思議でならない。周囲は360度、相当範囲が砂漠であるのに、ある1点にだけ水が溢れ、緑が茂っている。古代の文明の多くが大河のほとりで栄えたように、やはり乾燥地帯でもオアシスの周辺に人が集まっている。水がどれだけ大切なのか、理解することができる。

写真:まさに命の水。

投稿者:高嶋真志  2006.12.18

筋肉牧場 南米#101

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 パンアメリカン・ハイウェイ沿い、地上絵群の中央には、研究家の故マリア・ライヘ女史が建造したミラドールと呼ばれる観測塔がある。目の前には「木」と「手」の絵が描かれており、地上から眺めると改めてその大きさに驚かされる。

写真:パンアメリカン・ハイウェイと観測塔。左下に「木」右下に「手」がある。

投稿者:高嶋真志  2006.12.15

筋肉牧場 南米#100

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 天候に左右されやすい地上絵見物だが、晴天がつづいているおかげでものすごくよく見ることができる。地面に描かれた絵だが、どうして風雨に耐えて消えないのかが不思議でならない。ペルーはマチュピチュにナスカの地上絵にと、不思議な場所が多い。世界におけるペルーは、日本における伊勢のような存在に近いのではないかと、ふと感じた。

写真:スパイダー。

投稿者:高嶋真志  2006.12.11

筋肉牧場 南米#99

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 小さな小さなイカ空港から6人乗りのセスナ機に乗り、地上絵を見に行った。離陸後数分で、景色は乾いた大地ばかりとなる。小型セスナなだけに揺れはかなりで落ちるんじゃないかと心配したが、地上絵の案内役を兼ねる操縦士は、陽気に一つひとつの絵をヘッドフォン越しに案内してくれた。大旋回をしながら間近に見せてくれた「宇宙人」は圧巻だった。

写真:こう見えても相当に大きい、ガチャピン似の「宇宙飛行士」。

投稿者:高嶋真志  2006.12.08

筋肉牧場 南米#98

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 まさにオアシスと呼ぶにふさわしい、砂漠のど真ん中にあるホテルに滞在している。プールには透き通った水がたっぷりと注がれ、四方が砂漠だとは全く感じられない。

写真:砂の中でも、なぜかここだけは快適な環境が実現されている。

投稿者:高嶋真志  2006.12.05

筋肉牧場 南米#97

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 イカの街を歩いても、殺伐とした風景ばかりがつづく。もの寂しいけれど、これはこれで地球の不思議を感じる。この延長に地上絵もあるのだから。

写真:地上絵は、この先、セスナ機に乗り見物する。

投稿者:高嶋真志  2006.12.02

筋肉牧場 南米#96

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 今回の旅で10本目の飛行機に乗り、ナスカの地上絵に最寄りのイカ空港に到着した。高速道路の小さなサービスエリアほどの規模の空港で、周囲にはショップすらなく、見渡す限り砂漠に囲まれている。イカは、ダウンタウンとオアシス以外はほとんどが砂漠と砂丘でできているらしい。人生初の砂漠で、ちょっと楽しい。

写真:イカ空港に到着。

投稿者:高嶋真志  2006.11.30

筋肉牧場 南米#95

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 ペルーに帰ってきた。異国に「帰ってきた」と思うのもおかしいけれど、ブラジルのインパクトが強くその前に滞在していたペルーの印象が薄れていたせいか、なんだか「帰ってきた」という言葉がふさわしく感じられた。リマはあまり居心地が良くないので、早々に今回の旅の最後目的地、地上絵のあるナスカに向かうことにした。

写真:数百年前の貴重な本があるという、図書館の立ち入り禁止区域。

投稿者:高嶋真志  2006.11.27

筋肉牧場 南米#94

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 サンパウロ経由でペルーに戻る。ペルーは田舎はいいが、首都のリマは決して居心地がいいとは言えない。それに比べ、ブラジルは本当に過ごしやすい国だった。また訪れたい。

写真:ブラジルを後に。

投稿者:高嶋真志  2006.11.23

筋肉牧場 南米#93

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 イグアスを離れる前に、もう一度だけ瀧を見に行った。一瞬ごとに大量の水が流れてゆく。どこからこれだけの水が流れてくるのだろう。瀧の源泉付近も、いつか見てみたい。

写真:イグアスに別れの挨拶。

投稿者:高嶋真志  2006.11.20

筋肉牧場 南米#92

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 壮大なパワーに触れさせてもらったイグアスの瀧を離れるときが来た。週明けにサンパウロ経由でペルーに戻る。ブラジルともお別れだ。

写真:アルゼンチン側からブラジル側を眺める。

投稿者:高嶋真志  2006.11.17

筋肉牧場 南米#91

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 瀧周辺の広大な土地は、ジャングルと言って大げさでないほど深い森となっている。散策していると、大きなハ虫類が当然のように現れるが、日射しの強さにも空気は澄み渡っていて、気持ちまで爽快になる。

写真:ジャングルを歩く。

投稿者:高嶋真志  2006.11.14

筋肉牧場 南米#90

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 深い緑と濃い土色の小径を歩くと、所々に展望台が設置されている。場所によっては、瀧の近くや川面の上に歩道が架けられている。手すりがあるから歩けたが、手すりがなかったら水中にフラッと引き込まれてしまったと思う。

写真:歩道橋を造った人にも驚く。

投稿者:高嶋真志  2006.11.10

筋肉牧場 南米#89

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 ジャングルとまではいかないが、緑と土の深い通路数十分を進むと、瀧口下流にある船着き場に着く。そこからのボートが、観光のメインの一つ。大瀑布のすぐ近くまでアタックを試みる、全身ずぶ濡れになるボートだ。水着姿で乗る人もかなりいるが、僕はレインコートを借りた。水面から眺めるイグアスはさらに驚異だった。大爆音にすさまじい水しぶき。目も開けていられない。ボートのドライバーも、スピードをガンガン上げて限界まで瀧に近づくことを何度も繰り返す。観光客は激しいシャワーに打たれながらも、興奮の雄叫びを上げる。滝壺に飲み込まれそうで心配したが、発着所に戻ったときの爽快感は忘れられない。

写真:滝壺までほんの数メートルのところを、相当なスピードで駆ける。

投稿者:高嶋真志  2006.11.06

筋肉牧場 南米#88

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 業界人風に言うならば、「ウーチョー ゴイスー」と言うほか無い。

写真:じっと眺めていると、不思議な感覚につつまれる。

投稿者:高嶋真志  2006.11.01

筋肉牧場 南米#87

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 繊細さを感じる一筋の瀧に比べ、まずはその水量のすさまじさと迫力ある音量に圧倒された。フォス・ド・イグアスからバスで30分ほどの道程を駆け、イグアスの瀧に到着した。見渡す限りにジャングルと空がつづき、ふと目の前で地面が落ちる。そこに大量の水が流れ落ち、多量の水しぶきをあげている。畏怖を抱かずにはいられない。

写真:ブラジルサイドからアルゼンチン側を望む。

投稿者:高嶋真志  2006.10.29

筋肉牧場 南米#86

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 アルゼンチンとブラジルの国境にあるイグアスの瀧。ブラジルサイドを見物するには、フォス・ド・イグアスという小さな街を拠点にすることになる。観光の拠点となる場所なのだが、これといって街自体にはさほど見所はなく、生活感ばかりが溢れている。宿近くのレコード店で購入したボサノバのDVDが非常に良く、部屋でずっと流している。

写真:街と同じく小さい、フォス・ド・イグアス空港に到着。

投稿者:高嶋真志  2006.10.25

筋肉牧場 南米#85

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 再びリオ・デ・ジャネイロを訪れたい。もっと深く知りたいという気持ちを抑え、明日のヴァリグ・ブラジル航空でアルゼンチンとの国境にあるイグアスの瀧に向かう。

写真:キリスト像ともお別れ。

投稿者:高嶋真志  2006.10.23

筋肉牧場 南米#84

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 再びコルコバードの丘へ。頂上まではケーブルカーを利用するが、車でも行ける。十字架のごとく空に浮かび上がるキリスト像を目指して急な坂を登る途中には、入り組んだ住宅街を通ることになる。そこでは急坂にもかかわらず、たくさんの子供たちが路上でサッカーボールを蹴っていた。この風景を眺めているだけでも面白い。普段当たり前のように目にしているプレイがハイレベルのせいか、身体はついていかぬものの、イメージの中では相当なものを描きながらボールに触れているのが伝わってきた。

写真:コルコバードの丘の登山電車。

投稿者:高嶋真志  2006.10.19

筋肉牧場 南米#83

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 家族連れから“タンガ”と呼ばれる大胆なビキニを着た女性まで、さまざまな人が日光浴、フットサル、ビーチバレー、飲酒など思い思いの時間をここコパカバーナビーチで楽しんでいる。ブラジル人は、自分が楽しむための時間の使い方が上手いと感じる。昼は海とスポーツにシーフード、夜はバーにダンス。この海岸は、さまざまなリラックスが融合している。

写真:自分は絶対にこの姿では表を走れない。

投稿者:高嶋真志  2006.10.15

筋肉牧場 南米#82

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 シーフードの美味しさもやばい。海を眺めるテラスレストランが林立し、どこに入っても料理とお酒と潮風を堪能することができる。イパネマの次には、こちらもまた音楽で有名なコパカバーナ海岸を見に行くことにした。

写真:コパカバーナ行きのバスに乗り込む。

投稿者:高嶋真志  2006.10.11

筋肉牧場 南米#81

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 砂浜で飲むビールがとても美味しい。いたる所にイスとテーブルを置いただけのカフェやバーが並び、強い日射しの下、白い砂浜と海、そして明るい人々を眺めながら、なにも考えずにビールを飲む。イパネマ海岸では、誰もがリラックスした時間を過ごしている。

写真:ボサノバのリズムが誕生した理由が分かる、イパネマ海岸の景色

投稿者:高嶋真志  2006.10.07

筋肉牧場 南米#80

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 ブラジル音楽と言えば、ボサノバはその代表のひとつ。ボサノバの代表曲と言えば、「イパネマの娘(Garota de Ipanema)」がそのひとつであろう。作詞家ヴィニシウス・ジ・モライスが海岸を行く美女をモデルにしたこの曲は、ここ「イパネマ海岸」が舞台となっている。エロイーザ(モデルとなった女性)こそいないが、水着姿の美女たちが今でもたくさん見受けられる。この光景もまた、ブラジルの立派な文化のひとつだ。

写真:一度見てみたかった、イパネマ海岸に到着。

投稿者:高嶋真志  2006.10.02

筋肉牧場 南米#79

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 銀座ほど煌びやかではないが、大きなビルが建ち並ぶすぐほとりに、まるでリゾート地かのような白い砂浜と鮮やかな海のブルーが広がる。リオは、ネクタイ姿と水着がまるで常識のように行き交う、不思議な都市だ。

写真:ビジネスとリゾートの境界線。

投稿者:高嶋真志  2006.09.26

筋肉牧場 南米#78

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 リオと言えばキリスト像。すべてを優しく包み込むかのように、コルコバードの丘の頂上から、リオ全体を見下ろしている。海抜710mの絶壁に立っているので、キリストの足下には街と大自然が広がり、視線を上げると大空がどこまでもつづく。日本に鎮座する静謐を感じさせる大仏とは違い、国柄の違いか強い豪快感を感じる。キリスト像からの景観は、海に山に街に空にと、とても壮大だ。

写真:コルコバードの丘に立つキリスト像。

投稿者:高嶋真志  2006.09.21

筋肉牧場 南米#77

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 リオ・デ・ジャネイロは、ポルトガル語で “1月の川”という意味を持つ。というのも、1502年1月にポルトガル人の探検隊が、グアナバラ湾を川と勘違いしたことで、川を表す「リオ」、1月を表す「ジャネイロ」を街の名としたらしい。不思議な活気とパワーに溢れた場所で、過ごしているだけでこちらの心身にまでエネルギーを与えられるのが感じられる。

写真:グアナバラ湾とリオの街を見下ろす。

投稿者:高嶋真志  2006.09.18

筋肉牧場 南米#76

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 なんと過ごしやすい! ブラジルに来てまだ2日ほどだが、住んでも良いと思うほどに、リオ・デ・ジャネイロは居心地がよい。少し時間をかけて、じっくりとこの街を見ていこうと思う。

写真:高層ビルの横すぐがリゾート地。

投稿者:高嶋真志  2006.09.13

筋肉牧場 南米#75

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 リマから飛行機で6時間かけ、リオ・デ・ジャネイロに到着した。ヴァリグ・ブラジル航空という、はじめて名を聞く航空会社を利用したが、6時間ずっと、とにかく揺れつづけた。近くの席の人が飲んでいた赤ワインは、宙を舞っていた。しかし無事にブラジルに入国した。

写真:まずは宿探し。(ブラジル)

投稿者:高嶋真志  2006.09.11

筋肉牧場 南米#74

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 知らなかったのだが、ペルーからブラジルに入る際には、パスポートとヴィザに加え、黄熱病予防接種証明書が必要なのだそうだ。ヴィザ受領後すぐに予防接種を受けに行き、10年間有効の証明書を発行してもらった。これを持っていると、アフリカなどにも行きやすくなる。必要書類が揃ったところで、週末のリオ・デ・ジャネイロ行きの航空券を取った。

写真:在ペルー・ブラジル大使館近く。

投稿者:高嶋真志  2006.09.04

筋肉牧場 南米#73

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 ヴィザ発行まで、もう少し。都市部での時間に飽き、自然に触れようとリマ郊外に足を伸ばした。しかし、望んでいた森や山のようなものはなく、岩や砂漠に近い砂地ばかりがつづいていた。その中でも、草木はたくましく生きていた。

写真:色鮮やかな草々。

投稿者:高嶋真志  2006.08.29

筋肉牧場 南米#72

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 リマでは4つ星クラスのホテルに泊まるのがよい。街全体がどんよりとしているので、3つ星以下の宿で過ごすとどんどん気が滅入ってくる。そんなわけで、ブラジルのヴィザ取得まで、少しリッチな4つ星ホテルに滞在することにした。

写真:高級なホテルが並ぶ、太平洋沿岸ミラフローレスからの眺め。

投稿者:高嶋真志  2006.08.24

筋肉牧場 南米#71

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 旧市街であるセントロには、たくさんのカテドラル、教会がある。その中でもロス・デスカルソス修道院、サント・ドミンゴ教会、サン・フランシスコ教会、サン・ペドロ教会…等々を見てまわった。どこも歴史が古く、広大な地下墓地には多数の遺骨が並べられていた。地下墓地の空気感はこれまでに体験したことのない重さで、見えはしないが別世界の息吹を感じた。あくまでも好奇心でなく、真摯な心持ちで地下道を歩いた。

写真:地上からは見えない、地下世界を想う。

投稿者:高嶋真志  2006.08.18

筋肉牧場 南米#70

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 ペルーの首都、リマに戻ってきた。人の多さと暑さに疲れを感じるが、これまでできなかった食事やお酒をしばらく楽しもうと思う。

写真:セントロ付近。

投稿者:高嶋真志  2006.08.15

筋肉牧場 南米#69

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 疲れからか、気温の変化が大きいからか、軽く体調を崩してしまった。リマまでは、もうしばらくかかる。

写真:休息している街、La Oroya。

投稿者:高嶋真志  2006.08.11

筋肉牧場 南米#68

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 数週間ぶりにクスコに戻ってきた。しかし今回は、あくまでもバスでリマに向かう中の経由地。3時間の停留のみで、すぐに出発する。お世話になった宿の人やお店の人などに会いに行きたかったが、やめておいた。「いつかまたこの場所に来られるのだろうか」と思う気持ちは、引越しや転職のときに感じたものと似ていた。

写真:バスの発着所があり何度も利用した、サン・フランシスコ広場。

投稿者:高嶋真志  2006.08.07

筋肉牧場 南米#67

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 バスでリマに向かっている。南米の大地を進むたびに思う。地球はなんて広く、素敵なんだろうって。人生、80年でも短かすぎる。終わりはそんなに早いのか。『頬をなでゆく風が、移ろいゆく人の一生の不確かさを告げていた。思いわずらうな、心のままにすすめと…(星野道夫)』。正解は、心しか知らない。『あわただしい、人間の日々の営みと平行して、もう一つの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい(星野道夫)』。エネルギーを注ぐべき対象を知りたい。頼む、胸に刺さったナイフを、静かに抜いてくれ。

写真:人間であることの嬉しさと申し訳なさが、入り乱れてしまう。

投稿者:高嶋真志  2006.08.05

筋肉牧場 南米#66

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 チチカカ湖を離れることにした。リマに戻り、ブラジルを目指す。

写真:湖畔の部屋をチェックアウト。

投稿者:高嶋真志  2006.08.02

筋肉牧場 南米#65

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 プーノの街には、あまり鮮やかな色がない。別の街の写真と見比べてみても、明らかに寒々とした印象を受ける。実際、街からもあまり活気は感じられない。島での生活がとてもあたたかかったことを、今実感している。

写真:チチカカ湖ほとりから眺めるプーノの街並み。

投稿者:高嶋真志  2006.07.28

筋肉牧場 南米#64

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 自分は今後、どうなっていくのか。31年間、僕はずっとその思いを抱えて生きてきた。そして当然、これからもその思いはつづく。正答のない問いは、なかなかに難しくて楽しい。

写真:この日、遊園地は休みだった。

投稿者:高嶋真志  2006.07.25

筋肉牧場 南米#63

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 とても懐かしいと思える風景に、ペルーではたくさん出合うことができる。その一つが、神社の参道に屋台が建ち並ぶ夏祭りの風景に似た、“移動型遊園地”である。子供たちは我れ先にと屋台のゲームに挑み、お菓子を抱え、乗り物を楽しんでいる。やはりここでも、環境は違えど人間の根本は同じなんだと感じられた。

写真:この日、観覧車は止まっていた。

投稿者:高嶋真志  2006.07.23

筋肉牧場 南米#62

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 チチカカ湖に浮かぶ島での生活を一旦終え、プーノに帰ってきた。商店やレストランが、とても大きく感じる。自然も良いが、街もやはりいいものだと思えた。

写真:港からホテルへは線路を伝い、徒歩で帰った。

投稿者:高嶋真志  2006.07.19

筋肉牧場 南米#61

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 葦で出来た浮かぶ島、ウロスでここ数日過ごしている。足下が柔らかかったり大型の船が通ると揺れたりするので、当初はあまり居心地の良さを感じなかったが、そんな島でも過ごしていると慣れてくるから不思議だ。しかし、やはり土が恋しい気持ちは消えない。そろそろ島での生活も終わる。

写真:船は、生きるための必需品である。

投稿者:高嶋真志  2006.07.14

筋肉牧場 南米#60

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 島の暮らしは、慣れるととても良いものだ。周囲が水に囲まれた孤島なだけに、いやでも自然の中で自然と共に生活することになる。それが、余計な雑念のない時間を与えてくれ、地球上で人間だけが生きているのではないことを実感させてくれる。

写真:近日中にプーノに帰る。

投稿者:高嶋真志  2006.07.12

筋肉牧場 南米#59

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 優しさと雄大さを感じる自然に包まれていることで、自分も自然な姿で暮らせている実感がある。視界が少し、広がった気がする。自分の人生観においてという意味で。

写真:ウロスの住民。

投稿者:高嶋真志  2006.07.10

筋肉牧場 南米#58

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 タキーレの光景と空気を心に刻み、ウロス行きの船を待つ。

写真:いつもこの場所にいる女性。これからもここにいるのだろう。

投稿者:高嶋真志  2006.07.05

筋肉牧場 南米#57

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 明日の船でウロス島に戻る。島の頂上付近にある教会に、感謝の挨拶をしに行った。

写真:島の子供たちは、カラフルな衣服に身を包んでいる。

投稿者:高嶋真志  2006.07.04

筋肉牧場 南米#56

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 チチカカ湖と島々には、充分楽しませてもらった。プーノに戻る日が近づいてきた。

写真:タキーレの景色とも、もうすぐお別れ。

投稿者:高嶋真志  2006.07.02

筋肉牧場 南米#55

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 紀元前から住人がいるというアマンタニ島から、太陽の島を経由してタキーレ島に戻ることにした。太陽の島は、ボリビア側とのことで近くに行くだけで我慢となる。なんでも、インカ帝国の初代皇帝マンコ・カバックが降り立った聖なる地で、島の中央には水源の分からない若返りの水があるらしい。そんな太陽の島への上陸は、泣く泣く次の機会に。

写真:太陽の島。

投稿者:高嶋真志  2006.06.29

筋肉牧場 南米#54

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 アマンタニ島に滞在していて、ふと思った。大きなチチカカ湖にぽつんと存在するこの島は、どこか日本に似ていると。この島は四方を水に囲まれ、その先には大陸がある。その世界に比べると、ここは人口も土地も限りなく小さい。日本も地球の上では、このような大きさなのだろう。かつての日本は、このような規模でありながら、世界に挑んだ。現在では想像すらできない行動を、実現してきたのだ。そんな、歴史や地理の縮小を、島を歩きながらふと感じた。

写真:労働はあれど、“のどか”という形容がとにかくふさわしい。

投稿者:高嶋真志  2006.06.26

筋肉牧場 南米#53

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 タキーレ島から北へ1時間ほどのアマンタニ島に来てみた。湖で獲れた魚や農産物の交換を行うとのことで、僕も連れてきてもらったのだ。タキーレの2.5倍ほどの人々が暮らすこの島だが、人口はたったの約4,000人。決して大きい島ではない分、島内のどこに立っても景色が良い。湖と空のブルーに、木や草の緑。そこに太陽の光と風がとけ込んでいる。自分の心身が喜んでいることが、とても良く分かる。

写真:アマンタニ島に到着。

投稿者:高嶋真志  2006.06.24

筋肉牧場 南米#52

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 湖の魚も美味しい。焼いたり茹でたりフライにしたり。淡水魚独特の臭みを感じることも多少あるが、毎朝、島の漁師が穫ってきた鮮魚が楽しみで仕方がない。

写真:小さな漁港。

投稿者:高嶋真志  2006.06.20

筋肉牧場 南米#51

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 電気もガスも水道もなく、いまだ物々交換も行われるこの島。今日は友人に出すため、島に唯一の文房具店で、持っていた乾電池とレターセットを交換してもらった。当然現金での購入も可能なのだが、物々交換をしてみたかったからだ。紙質も決して良いとは言えない代物だが、土地の風情があらわれていてとても素敵だ。受け取る人がそれを感じ取ってくれると良いのだが。

写真:自然との共存を体現してくれる子供達。

投稿者:高嶋真志  2006.06.16

筋肉牧場 南米#50

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 平地の方が少ないこの島では、ちょっとした散歩でもかなりの運動となる。さらに、高度も富士山頂よりも高い4,000m近くの場所なので、無理に身体を動かすとすぐに高山病になってしまう。毎朝のコカ茶が欠かせない。

写真:たくさんの動物たちも、この島に暮らしている。

投稿者:高嶋真志  2006.06.12

筋肉牧場 南米#49

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 人口1,600人のタキーレ島に滞在している。空気も景色も人も良く、1秒を5秒位に感じながら時間を過ごしている。もうしばらくこの島にお世話になる。

写真:島民はこの景色を見ながら農作業をしている。

投稿者:高嶋真志  2006.06.10

筋肉牧場 南米#48

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 プーノからチチカカ湖沖へ45kmのタキーレ島に到着した。島には電気も水道もなく、今だ物々交換が行われている。宿泊施設も無く、泊まる場合は島の入口で民家への斡旋をしてもらわなければならない。周囲6kmほどの島内を歩いていると、斜面にできた沢山の畑や緑、動物の鳴き声ばかりが5感に染みこんでくる。遠くを見れば、チチカカ湖の水平線。明るい青と緑と土色の中、太陽光を浴びながらタキーレの空気を存分に吸い込もうと思う。

写真:タキーレ島頂上からチチカカ湖を見渡す。

投稿者:高嶋真志  2006.06.07

筋肉牧場 南米#47

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 次は浮かぶものではなく、ここウロス島の何倍もの大きさを有するれっきとした島、タキーレ島に向かう。360度すべてに水平線を望みながら、タキーレ島の港を目指す。

写真:ウロス島を出発。

投稿者:高嶋真志  2006.06.06

筋肉牧場 南米#46

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 島と同じ素材である“トトラ”でできた船で、ウロス島周辺を遊覧した。長距離には向かないが、狭い島々の間をゆくにはちょうど良い。人工素材でできた船とは違うので、人に当たっても浮かぶ島に当たっても、さほど影響がない。暮らす環境に合わせた知恵の深さを実感する。

写真:住民よりも観光客の利用頻度が高いらしい、トトラ(草)製の船。

投稿者:高嶋真志  2006.06.03

筋肉牧場 南米#45

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 広いチチカカ湖の西南に位置する揺れる島、ウロスにいる。この地域は野球場一つほどもない大きさの島が集まっており、船を中心とした生活になっている。このウロス等も含め、ここらの諸島はすべて、“トトラ”と言う葦(あし)が積み重なってできたものである。つまり、チチカカ湖に浮いているのである。足下は草なのでやわらかく、子供が遊ぶには適しているかも知れない。しかし生活という面から見ると、狭く歩きにくく、波によって島自体が揺れるので、決して暮らしやすいとは言えない。この小さな葦で出来た湖に浮かぶ諸島には、家が建ち、火も使われている。ここの人々が東京を見たら、どう思うのだろう。

写真:浮かぶ島“ウロス”とその周辺。

投稿者:高嶋真志  2006.06.01

筋肉牧場 南米#44

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 プーノでは特に観光すべき場所がないので、湖に出るまでの間、街の市場やカフェなどで時間を過ごしている。湖際のホテルのテラスでの読書も、素晴らしく心地よい。明日の朝の船で、湖の沖に向かうことにした。

写真:プーノの役所。

投稿者:高嶋真志  2006.05.29

筋肉牧場 南米#43

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 ここ、プーノの標高は3855m。富士山の頂上より高い位置にある街ということになる。そんな場所に、琵琶湖の12倍もの大きさがあるチチカカ湖も存在している。汽船の運航する世界最高地点だそうだ。そんなスケールの大きい場所だが、雰囲気はどこも穏やかで、とても優しい風がながれている。景色の良いホテルはとても居心地いいが、湖をもっと見てみたいこともあり、プーノのダウンタウンで、いくつかの島行きの船を調べてみた。アドバイスでは、まず最初にウロス島に行け、とのこと。近日中に、行ってみることにした。

写真:ちょっとだけ、チチカカ・クルージング。

投稿者:高嶋真志  2006.05.25

筋肉牧場 南米#42

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 チチカカ湖畔の街、プーノにやってきた。今回は少し贅沢をして、湖を目前に眺められる宿に泊まることにした。海のように広大なチチカカはとにかく静かで、時々通る船が起こす波の音くらいしか聞こえない。部屋の窓からは、湖越しにプーノの街が見える。マチュピチュで感じた静寂と、少し似ている。

写真:念願のチチカカ湖。

投稿者:高嶋真志  2006.05.23

筋肉牧場 南米#41

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 プーノまであと少し、フリアカにやってきた。空港のある街なのに、多少言い過ぎとは思うが廃墟のような印象で、どこか物寂しい場所である。南米に来て珍しく、文化も文明も民族も感じられない街に来た気がする。明日のプーノが楽しみだ。

写真:フリアカ手前の小さな小さな住宅街。

投稿者:高嶋真志  2006.05.22

筋肉牧場 南米#40

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 クスコとプーノのほぼ中心にあるラクチー遺跡を出、ローカルバスでゆっくりとプーノに向け進んでいる。川の畔を走るバスの中で、少年が足でドラムを鳴らしながらアンデス特有の笛を演奏しており、遠く稜線を眺めながら、彼の奏でるBGMを吸収した。土地の音楽は、やはりその土地の空気に合っているものだと感じた。

写真:ラクチー遺跡の太陽の宮殿跡。

投稿者:高嶋真志  2006.05.19

筋肉牧場 南米#39

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 アンダワイリーヤスという教会を中心とした小さな村に滞在し、今は太陽の神殿跡のあるラクチー遺跡に向かっている。それほど高くはないが、進んでいる一本道の周囲にはひたすら山々が連なっている。日本でも都心を外れた高速道路を走っていると山々の多さを実感するが、ここはその比にならない。広大さという点で言えば、風呂とプールほどの差はあると実感できる。広いことが良いことに直結するわけではないが、その広さを体感することには非常な価値があると感じる。

写真:価値観の崩壊が連続し、とても気分がよい。

投稿者:高嶋真志  2006.05.16

筋肉牧場 南米#38

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 鈍行バスを細々と乗り継いでプーノに向かうことにした。早くチチカカ湖に触れたいという気持ちが高まっているけれど、宿泊場所やバスの時刻はそのときの流れにまかせ、適当にゆっくりと進む。いつプーノに着けるかは分からない。

写真:“時刻は一切気にしない”をルールにしたバス旅行に出る。

投稿者:高嶋真志  2006.05.12

筋肉牧場 南米#37

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 明日、クスコを離れることにした。何カ所かの街に立ち寄りながら、プーノに向かう。親しくなった旅人や現地の人々が、お別れ会をしてくれることになった。高山病を気にしながらも、お酒を沢山いただこうと思っている。

写真:今夜でクスコともお別れ。

投稿者:高嶋真志  2006.05.11

筋肉牧場 南米#36

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 クスコの中心近くにある太陽の神殿(サント・ドミンゴ教会)には、興味深い事実がある。この教会はかつて、黄金に包まれていた。侵略したスペイン人がその財宝を貪ったあげく、残ったのはインカ人が造った“土台”だけだった。スペイン人はその土台に教会を建てた。数年後に地震が起こった。残ったのはインカ人が造った“土台”だけだった。どの場所にも存在する“土着の知恵”というものは、本当に計り知れない力を有している。

写真:太陽の神殿からクスコ市街を見渡す。

投稿者:高嶋真志  2006.05.09

筋肉牧場 南米#35

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 クスコに戻り、これからの旅の行程を考えている。地上絵で有名なナスカも考えたが、今回は南米大陸を南下し、チチカカ湖のほとりの街、プーノに向かうことにした。今は交通手段やプーノまでに寄れそうな街の情報収集をしている。宿の夫婦が熱心なキリスト教徒ということもあり、カテドラルでの参拝についていったり、旅行会社を訪れたりと、クスコでの時間を忙しく過ごしている。

写真:夕暮れのミサに行く。

投稿者:高嶋真志  2006.05.07

筋肉牧場 南米#34

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 鉄道を降りてからはバスでクスコに戻っているのだが、途中、山の中でタイヤがパンクし、今はしばらく歩いたガソリンスタンドで足止めをくらっている。早くベッドに入りたいと思うけれど、このような出来事のおかげで車内のいろいろな人と会話ができたり、知らない場所で時間が過ごせたりと、なかなか楽しい。隣に座っていたベトナム人旅行者と、これまでに行った場所やお互いの国の文化などについて、ゆっくりと話すことができた。ここからクスコまでは1hほどのはずだが、未だ運転手は座席に座ったまま。もう少しかかりそうだ。

写真:パンク修理待ちをするガソリンスタンド。

投稿者:高嶋真志  2006.05.03

筋肉牧場 南米#33

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 今回の旅で最後のマチュピチュ参りをしてきた。天気にも恵まれ、また新たなマチュピチュの表情と出会うことができた。太陽の神殿や大石を削って造られた日時計などの機能も、今回はじめて見ることができた。日本からの距離やこの土地の高度を考えると、再びこの地に来られるのかどうか、疑問である。名残を惜しみながらも、心と体にはしっかりとこの場所を刻んでおいた。

写真:マチュピチュを後にする。

投稿者:高嶋真志  2006.05.01

筋肉牧場 南米#32

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 インカ道の散策やアグアス・カリエンテスでの温泉、マチュピチュ遺跡にワイナピチュと、このあたりにもそれなりに時間をかけて触れることができた。もう一度天気の良い日にマチュピチュを見て、そろそろクスコに戻ろうと思う。

写真:“民族”という単位での生活は、未だ海外で多く見られる。(インカ道)

投稿者:高嶋真志  2006.04.27

筋肉牧場 南米#31

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  “老いた峰”を表すマチュピチュは、インカ帝国の端から端までをつないでいた幹線道路、“インカ道”に貫かれている。首都であるクスコが心臓だとすれば、インカ道は血管であり、その道はマチュピチュのすぐ隣にある“若い峰”を表すワイナピチュまでつづいている。今回はマチュピチュまでインカ道を歩きやってきた。さらに、ワイナピチュまでにも足を伸ばしてみた。“道”としての世界遺産は、スペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」と日本の「熊野古道」のみだが、スケールや歴史、空気感としては、この“インカ道”も相当なものだと感じた。

写真:マチュピチュ遺跡の向こうに見る、急激な高度を登る為のくねった坂。

投稿者:高嶋真志  2006.04.24

筋肉牧場 南米#30

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 アグアス・カリエンテスが温泉街であることは前に書いた。マチュピチュに足を運びながら、この街でこれまでの疲れを癒させてもらっている。とても小さな街だが、衣食住に困ることはなく、お湯はあたたかいが、ぬるま湯な生活を楽しんでいる。

写真:アグアス・カリエンテスは“お湯”の意味。その源泉。

投稿者:高嶋真志  2006.04.20

筋肉牧場 南米#29

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 晴れたと思ったらすぐに雨、傘を差しても、ちょっとすれば青空。マチュピチュほど、移ろいやすい天候も珍しい。しかし、そんな天候のおかげで、幻想的なショーを見ることができた。マチュピチュ遺跡に、大きな虹が架かった。自然と手を合わせてしまった。

写真:虹のふもとに行けそうだった。

投稿者:高嶋真志  2006.04.18

筋肉牧場 南米#28

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 天候により表情を変えるマチュピチュでも、印象は変わらず遺跡に足を踏み入れた途端に静謐な空気を常に感じる。スペイン軍から逃れる為に1万人ものインカ人が暮らしていたにもかかわらず、ここからは一つの武器も出土していないという事実や、マチュピチュより高度の低い場所からは居住区が一切見えないなど、訪れる毎に空中都市の不思議を思い知らされる。太陽を軸に宇宙の動きに合わせたつくりのマチュピチュは、人間の力を超えたものであるとしか思えない。

写真:天体の動きに合わせ、窓や儀式場などが設置されている。

投稿者:高嶋真志  2006.04.16

筋肉牧場 南米#27

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 アグアス・カリエンテスとマチュピチュは高度差が400m以上もある。そのため、到着までに日光いろは坂のようにくねった坂道をひたすら進むことになる。ふもとの天気はくもりだったが、マチュピチュに着いた頃には小雨となっていた。しかしとにかく、到着した。斜面だらけの広い遺跡にはリャマが数頭、優雅に歩いているだけである。観光客も当然いるが、遺跡内ではとにかく静寂ばかりを感じる。入場に20ドルかかるが、何度かこの場所に来てみようと思う。

写真:小雨の中のマチュピチュ。

投稿者:高嶋真志  2006.04.14

筋肉牧場 南米#26

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 アグアス・カリエンテス駅に到着した。山間の小さな街だが、温泉もあり、なかなかゆっくりできそうだ。マチュピチュまではここからさらにバスで30分ほどらしい。高原列車では高山病が治らず“ゲー”を2度ほどしてしまったので、ちょっと休んでから空中都市を見に行く。

写真:マチュピチュの玄関、アグアス・カリエンテス。

投稿者:高嶋真志  2006.04.12

筋肉牧場 南米#25

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 サン・ペドロ駅は、マチュピチュに行くクスコ最寄りの鉄道駅ながら、日本の田舎駅のように小さな規模だった。3時間前後で、マチュピチュの玄関となる、アグアス・カリエンテス駅に着く。体調は良くなってはきたものの、イマイチ優れない。新たな場所で、心身を一新したい。

写真:マチュピチュ方面に向かうべく、これから乗る列車。

投稿者:高嶋真志  2006.04.11

筋肉牧場 南米#24

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 安心した途端、高山病にやられてしまっていた。原因はたった2杯のビールと思われる。慣れていない人に高地でのお酒は厳禁と知りつつも、大丈夫だろうと飲んだのがいけなかった。しかしコカ茶と果物のおかげで食欲も徐々にもどり、昨日から少しずつ回復してきた。早速、マチュピチュに向かうことにした。大事を取って、クスコからバスで1時間半ほどの高原鉄道の駅付近で、1泊することにした。

写真:ペルーに来て初めて乗る、鉄道の駅に向かう。

投稿者:高嶋真志  2006.04.10

筋肉牧場 南米#23

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 クスコでは、久々のビールを飲んだりしつつ、のんびり過ごしている。体もこの高地に随分と慣れたので、そろそろ空中都市、マチュピチュ遺跡を目指すことにした。

写真:ペルビアン料理店から眺める、クスコ中心部の夜。

投稿者:高嶋真志  2006.04.03

筋肉牧場 南米#22

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 クスコに帰ってきた。ウルバンバ渓谷の旅は予想よりも長くなってしまったが、疲労に反比例して心は爽快だ。かなり日にも焼けたので、出発前に泊まっていた宿の主人に、最初僕だと気づいてもらえなかった。しばらく体を休め、マチュピチュに行こうと思う。近所の旅行会社に相談しに行くつもりだ。

写真:夕暮れのカテドラル。

投稿者:高嶋真志  2006.03.29

筋肉牧場 南米#21

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 クスコまであと15kmの地点にまで来た。チンチェーロからの道のりはほとんどが上り坂で、酸素も少なかったため相当な疲れを感じている。雲の多さで救われているが、これで直射日光を受けていたら、歩いてなんていられないほどのダメージを受けただろう。クスコまで、もう少し。人々に励まされながら、トラックが猛スピードで駆け抜ける細い山道を進んでいく。

写真:まだ街は遠い。

投稿者:高嶋真志  2006.03.27

筋肉牧場 南米#20

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 モライ遺跡で見学を兼ね3時間ほど休憩したあと、数時間歩いてチンチェーロに到着した。クスコまで、残すところ25kmほどとなった。25kmといっても高低の激しい山道。今の僕にとっては、まだまだ遠い。チンチェーロにはカテドラルがあり、祈りの声と賛美歌がよく聞こえてくる。街の中の教会も厳かに感じるが、大自然の中の教会も、また不思議な空気感が漂っている。

写真:教会前の、物売り女性達。

投稿者:高嶋真志  2006.03.25

筋肉牧場 南米#19

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 兵士が何人も亡くなったとは思えない、インカ軍の要塞跡。今は石組みの緻密さと、壮大な景観が残るだけとなっている。

写真:要塞は高台に設えられるだけあり、どこも眺望はすさまじいほど。

投稿者:高嶋真志  2006.03.22

筋肉牧場 南米#18

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 インカの息吹が残る「ウルバンバ渓谷」の旅も、3/4の道程が終わった。周囲にそびえる山々を眺めながらの道のりは、高度が高いこともあり、なかなかにハードなものだった。まだまだ先は長いが、今月中にはクスコに戻れると思う。

写真:現地の人は、山と上手に暮らしている。

投稿者:高嶋真志  2006.03.20

筋肉牧場 南米#17

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 インカの遺跡に見られる石組みは、「カミソリの刃1枚も通さない」と言われるほど精密に組まれている。教会も軍事で使われた要塞も、石を積み重ねた建物が多いが、インカの叡智が詰め込まれているらしく、相当に強固で堅牢なものとなっている。現在の建築技術よりも、自然摂理にかなっているのだろう。

写真:確かにスキマが 無い。

投稿者:高嶋真志  2006.03.17

筋肉牧場 南米#16

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 聖なる谷のほぼ中央、クスコから88kmに位置するオリャンタイタンボに到着。インカ帝国時代の宿とも要塞とも言われているそうだ。斜度45度ほどの斜面には段々畑がつくられ、その畑の脇の階段を300段(150m)登るとインカの石組みの美しい広場に出る。高さ4m、幅10m、奥行き1mの巨石が一分の隙間もなく並べられており、ピラミッドや日本の城郭もそうだが、古代人の石を使った技術力には驚かされる。灌漑用水路はインカ時代のものがそのまま使われていて、またここはマチュピチュへつづくインカ道の中間にあり、休息や食糧補給の場所としても名高い場所らしい。インカやマチュピチュとはいえ、日本の東海道五十三次との類似点を感じずにはいられなかった。やはりどこでも、同じ人類であるということを痛感した。

写真:オリャンタイタンボの要塞跡。

投稿者:高嶋真志  2006.03.15

筋肉牧場 南米#15

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 ウルバンバの街はとても小さいが、クスコ市民にとっては保養地になっているそうだ。豪華な設備はなく非常に質素なものだが、テニスコートやサッカー場のある中規模のホテルに宿泊している。夕食は山間の国道沿いにあるキンタ・レストランという地元の料理店に行き、最近日本でも話題らしい、アンデス産のヘルシーな食材を試してみた。標高3,000m以上で栽培される「マカ」や、ペルーの熱帯雨林地域に自生しレモンの60倍のビタミンCを有する「カムカム」など、“アンチエイジング”に有効らしい素材を堪能した。これらは日本でも手に入るらしいので、料理法を学んで帰る。

写真:ウルバンバ中心部。

投稿者:高嶋真志  2006.03.12

筋肉牧場 南米#14

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 高峰に挟まれたトラックの行き交う山道を歩きつづけ、ウルバンバに到着した。酸素が薄いことと、暑くはないが日射しが厳しかったことで、肉体的にはかなり疲れた。観光は後にして、コカ茶を飲んで、少し身体を休めることにした。

写真:谷間を抜ければウルバンバ。

投稿者:高嶋真志  2006.03.10

筋肉牧場 南米#13

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 ユカイに長居してしまった。ちょうどホームステイさせてもらった家族の娘が結婚するとかで、結婚式に参加させてもらったのだ。普段は質素で落ち着いた村が、とても明るい雰囲気になり、人々は浮かれ騒いでいた。今から5kmほど先のウルバンバに徒歩で向かう。

写真:結婚式に際して騒ぎまくる村人達。

投稿者:高嶋真志  2006.03.09

筋肉牧場 南米#12

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 4つの小さな村を訪れながら、オリャンタイタンボ・ウルバンバのすぐ手前、ユカイに到着した。谷間にある本当に小さな村だが、立派な教会やホテルがありリラックスできる。今日の夕食はペルビアン料理のバイキングだった。夜になると周囲は真っ暗で、小川の流れだけが聞こえる。夜空の明るさを知った。

写真:マンコ・インカ軍の英雄。

投稿者:高嶋真志  2006.03.06

筋肉牧場 南米#11

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 ピサックには宿が4軒しかない。宿と言ってもホームステイのような感覚で、またもやそこの家族との別れが辛かった。煮込んだビーンズを大量に持たされ、ここから徒歩でカルカ遺跡、オリャンタイタンボ遺跡を目指すことにした。高低差もあり、直線距離でもほぼ40kmはある。6,000m級の連峰を眺めながら、山と谷、さらには薄い空気の厳しさを乗り越えていく。

写真:宿の隣にあったピサック村の教会。

投稿者:高嶋真志  2006.03.03

筋肉牧場 南米#10

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 遺跡の麓にある小さな村、ピサックに来た。ここは市場が楽しい。ミニ・マチュピチュと呼ばれ、太陽の神殿、セメンテリオ(墓)、見張り台などもあり、民族衣装をまとうアンデスの人々の暮らしがよく見える。

写真:朝市はFeria(フェリア)と呼ばれる。

投稿者:高嶋真志  2006.02.28

筋肉牧場 南米#9

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 ケンコーを出発し、赤い要塞だったというプカ・プカラ、聖なる泉と呼ばれインカ時代の沐浴場だったとされるタンボ・マチャイの2つの遺跡を巡った。タンボ・マチャイでは絶え間なく水があふれ出しているが、水源地はいまだに判明しておらず、ここでも感じられるインカの謎が楽しい。ケンコーもプカ・プカラもタンボ・マチャイも、大きな石、岩の要塞の跡が残っているが、高台にあるのでとにかく眺望がいい。街や周囲の6,000m級の山々が迫りくる感覚を得る。

写真:遺跡周辺には、現在でも多くの人の生活がある。

投稿者:高嶋真志  2006.02.25

筋肉牧場 南米#8

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 渓谷だけあって、ウルバンバに入ると山あり谷ありで移動も疲れる。1536年にスペイン人に反逆を企てたマンコ・インカが陣取ったサクサイワマンの要塞跡を経由し、ケンコー遺跡に到着した。ケンコーとはケチュア語でジグザグを意味するとおり、岩場を縦横無尽に削って創られた要塞となっている。人間を生け贄として神に捧げた石台も残り、宗教や歴史が強く感じられる。

写真:リャマやアルパカはおもちゃのようだ。

投稿者:高嶋真志  2006.02.23

筋肉牧場 南米#7

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 ウルバンバ川を中心に、クスコの周囲を取り巻くたくさんの遺跡群。これらのほとんどは「ウルバンバ渓谷」内にある。午後発のバスでまずは「ケンコー遺跡」、さらに「ピサック遺跡」方面へと向かう。何日かかけてこの「ウルバンバ渓谷」を制覇するつもりだ。

写真:サント・ドミンゴ教会(太陽の神殿)近くのバス発着所

投稿者:高嶋真志  2006.02.20

筋肉牧場 南米#6

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 街の中心地に位置するアルマス広場で早い朝食をとった後、すぐ脇にあるエージェントでクスコ周辺の遺跡に行くための交通手段を予約。明日からいろいろな場所に足を運んでみることにした。標高3360mという富士山の頂上に近い高さにあるクスコだが、僕自身は高山病の兆候も見られず、ひとまず安心している。身体も薄い空気にだいぶ慣れてきたのだが、毎朝食のコカ茶は欠かせない。これがどうしてもまずくて困っている。高山病予防のためここではお酒も飲めないので、この際、日本での生活に慣れきってゆるんだ身体の能力を覚醒させていこうと思う。

写真:レストランからアルマス広場を望む。

投稿者:高嶋真志  2006.02.19

筋肉牧場 南米#5

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 ケチュア語で“へそ”を意味するクスコ。インカ帝国の名残と16世紀に征服者として訪れたスペインの文化が息づく。ヨーロッパにはまだ一度も行ったことがないが、カテドラルを始め街を見渡すと欧州の雰囲気が色濃く薫っているのが分かる。クスコ都市部だけでも充分に見応えがあるが、周囲には自然の中に数多くの遺跡が残っている。しばらくここらを吟味しようと思う。

写真:高山病予防の「コカティ(コカの葉茶)」を振る舞ってもらった宿前。

投稿者:高嶋真志  2006.02.17

筋肉牧場 南米#4

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 リマから飛行機で一時間。到着口で民族音楽の生演奏に迎えられ、クスコに到着した。空港から街に向かうタクシーから見る光景は、まさにデジャヴだった。インドとネパールの国境の街、スノウリからポカラに向かう風景にとてもよく似ていた。道路の広さ、色、行き交う車、人、沿道の店や家々、木々の出で立ちまで、瞬間移動で東京からここに来たなら、どちらか区別が付かないだろうと思うほどだった。根底はすべて同じなんだと、ここでも感じた。

写真:11〜12世紀に建設されたクスコの街を見下ろす。

投稿者:高嶋真志  2006.02.14

筋肉牧場 南米#3

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 東京とは多少違うけれど、インドの都市部とペルーのリマは似ていると感じている。ヒンズー寺院とペルーに点在する教会・カテドラルも、祀る神の違いのみで空気感が酷似している。世界の根源は一つであることを実感させられる。今僕はリマ中心部セントロより南にある、海沿いのミラフローレス地域に滞在している。遺跡の中にレストランがありワインが飲めるなど美味しい店は幾つもあるが、正直、リマは危険性は高くないものの居心地の良い街ではない。明日、クスコに飛ぶ。

写真:ミラフローレスは絶壁の上にあり、太平洋が一望できる。(リマ)

投稿者:高嶋真志  2006.02.13

筋肉牧場 南米#2

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 ペルーのリマに滞在している。成田から約12時間でヒューストン、そこでのトランジットに4h費やし、さらにそこから6h半飛んだ南米中央にリマはある。日本人に分かりやすく言えば、アメリカ発成田経由タイor香港orインドネシア行きという感じになるだろう。日本からそれらの国に行くだけでも充分に遠いが、それに日米の片道距離が加わるのだ。考えるだけでも疲れる。リマでは宿探しもしたのでカバンを降ろし一息つけたのは深夜3時近く。日本の自宅を出て24時間は軽く経過していた。なるべく早くインカ帝国の古都、クスコに行きたいので、今日はリマ見物を兼ねて旅行会社を探して歩いた。

写真:町中に戦車。(ペルー・リマ)

投稿者:高嶋真志  2006.02.08

筋肉牧場 南米#1

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 成田を離陸する際には、「日本への郷愁」もしくは「日本をシャットアウト」、このどちらかを必ず感じる。今回は後者だった。ここ数年ずっとそうだ。今回は特に、搭乗口ですでに異国モードに入っていた。これは自分に訪れる情報が知らないものばかりで、常に真新しい感覚のまま時空間を過ごすことにより、過去を振り返る余裕が奪われることに起因している。日本での日常にもこんな感覚を持てたら楽しいのか、苦しいのかは分からないが、この感覚が好きで旅行を欲するのだろうと、最近思うようになった。「ルーティンへの拒否反応=常によそ者」だとは思わない。

写真:トランジットで立ち寄るヒューストン空港にもうすぐ着陸。

投稿者:高嶋真志  2006.02.06