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筋肉牧場 アメリカ#最終回 さようなら

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微笑みに   分かった顔しないでさ
いつだって  気持ち素直に伝えよう  
正直に    とにかく何でも隠さずに 
はなしを   しようよ

僕はただ   君のこと
好きで好きで
好きで

Good bye USA!!

写真:林銑十郎氏のペットボトルは、必然であった焦り。

投稿者:高嶋真志  2005.04.29

筋肉牧場 アメリカ#77

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 アップルの技術者、デザイナーと新製品の打ち合わせを軽く済ませた後、NASAの担当者と自分の泊まるホテルで会い、ミサイル防衛システムの構築とゴミと化した人工衛星の回収法について話し合った。再来年にフランス・スペインが合同で打ち上げるロケットのスペースを間借りして、2,3人誰か飛んでもらおう、ということで大旨合意した。また、30歳の男女を地球と火星の中間にあるステーションに派遣してそこで子供をつくってもらい、生まれた子供をそこから火星に飛ばし、太陽系をさらに調査する、という計画にも大筋合意できたので、買ったばかりの万年筆で書類にサインした。夜はテツのアトリエに遊びに行き、ヤマザキハウス・ジャポンのこれからを話し合った。何気にこれが一番難しく、かつやり甲斐のある計画だと感じた。

写真:NYに来ると、いろんなやる気が生まれてくる。

投稿者:高嶋真志  2005.04.28

筋肉牧場 アメリカ#76

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 セントラルパークを起点に、チェルシー、ソーホーなどを巡りバッテリーパークまで散歩した。友人のアトリエやブティックに立ち寄りながらの散策で、とても触発される時間だった。とにかく楽しんで生きている彼らが印象的で、俺ももっと外に出なくてはなと強く思った。バッテリーパークの屋台でカフェオレを購入した後は、思い出深いウォール街を歩いた。NY証券取引所の建物を見るだけで、ビジネスのしょうもなさを想い出す。いろんな人がいろんな価値観の中で生きている。今日は多くの人に会いすぎ、少々疲れた。

写真:自由の女神像の麓には、まだ一度も行ったことがない。

投稿者:高嶋真志  2005.04.27

筋肉牧場 アメリカ#75

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 友人のフランス人が経営するbleecker,Stにあるレストランで食事をした後、のんびりと中古レコード店や古本屋などを巡った。大量の本とレコードを持って地下鉄に乗ると、突然肩をたたかれる。以前、僕が日本で全国ツアーを行ったときのカナダ人女性スタッフだった。彼女は今ブロードウェイのミュージカルに出ているとのことで、早速20時開演のショーに招待してもらった。エンディングでエリーザ役の彼女が恋人に言う「いくら上手に化粧してみても、偽物は必ず見破られるものよ」というセリフの意味深さにしびれた。意外と家族連れで来場している客が多く、文化意識の高さを実感した。

写真:朝食は必ず、30stにあるデリと決めている。

投稿者:高嶋真志  2005.04.26

筋肉牧場 アメリカ#74

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 約半年前、この筋肉牧場の旅が始まって間もない頃、サンフランシスコでテツの家に泊めてもらった。そのときには想像もできなかったが、今度はニューヨークのテツの家に泊まることになった。僕がアメリカを車で横断している間に、彼は僕を追い越し、先にNYで生活を始めていたのだ。始まりと終わりがテツの家、というのもなかなかいい。次回の筋肉牧場は別の国の予定なので、そのときにも是非頑張ってもらいたい。さて、テツの家に着くやいなや、早速イーストビレッジのクラブに連れて行かれた。テツの買ったばかりの愛車、アルファロメオ1890年型に乗り、シャンパンを飲みながら夜のフリーウェイを走り抜けた。深夜1時のクラブは、すでに熱狂の渦。3AM。黒人のMCが叫んだ。「Tonight's special guest , DJ・tetwo!!」。会場全体の音と照明が一瞬だけ鎮まり、全員が、テツの手から針がレコードに落とされる瞬間を待った。テツの手が女性を撫でるように動き、レコードに針が落とされた。瞬間、閃光と重いbeatが聴衆を包囲する。翌朝「レコードに針を落とすことで女性を失神させる男」として米ブレイクビーツ誌のインタビューを受けるテツが印象的だった。

写真:激しい音浴に疲れた6:00AM、テツの家に帰宅する。

投稿者:高嶋真志  2005.04.25

筋肉牧場 アメリカ#73

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 やっぱりニューヨーク・マンハッタンは刺激に満ちあふれている。どうしてこんな冷たい街並みを熱く感じるのか不思議だけれど、さまざまな人種が多く集っているからなのだろう。先日、細野晴臣氏が僕にこう話した。「NYは大きな一枚の岩盤でできているんだ。その岩盤が“宙”と強く引き合う。だから摩天楼があれほど天に向かって伸びているんだよ」。ここに来て感じるパワーを考えると、事実なのかもしれない。僕の設計した東京の家が、ゴールデンウィーク前に竣工する。グッゲンハイムとピカソのゲルニカをモチーフにした、生活拠点にしやすいデザインだ。その上棟式でテープカットをしなくてはなので。それまでには帰国しなくてはならない。世界でも特に、NYの満月の夜には何かが起きやすいらしい。今夜は満月だ。ペンステーション近くのマンハッタン・インで、早めに眠りにつくことにした。

写真:学生時代ここで大道芸をして稼いだ、ペンシルバニア駅。

投稿者:高嶋真志  2005.04.21

筋肉牧場 アメリカ#72

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 オールドライム近郊にある、100年前に竣工されたという家を見に行った。現在はそこに、作家や画家の作品やゆかり品などが展示されている。直筆の原稿やスナップ写真を見ていると、過去も現在も同じように人が生き、時間が流れていたのだと感慨深い気持ちになる。自分が今ふれあう人たちとは、時間的・物理的だけでなく、さまざまな条件が重なって同じ時間を過ごすのだと考えると、一瞬一瞬がさらに大切なものに思えた。ここではいろいろな人に出会うことができた。価値観は人それぞれで、誰もが自身の歴史とプライドを持つ。しかし誰にも共通して存在するのは「心=愛」である、と、今更こんなこと言いたくもないけど素直にそう感じた。名残惜しさをと共に、そろそろオールドライムを離れる。

写真:一日数本の電車を待つ。待つ時間もあたたかい。

投稿者:高嶋真志  2005.04.19

筋肉牧場 アメリカ#71

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 オールドライムに来た。大自然にとけ込むように、主張しすぎない優雅な邸宅が並ぶ。自然を有効利用しているというのではなく、とにかくキレイに風景とマッチしているのだ。人と自然が並列の関係で時間を過ごしている、そんな感じがする街並みである。そんな場所だけあって、アートコミュニティがとても多い。クリエイティブ心が活性化され、敏感な人が呼び寄せられるのだろう。こんなところで生み出されたものには、都会で生まれたアートなんて勝てっこないなと感じた。マイアミで世話になったケントにいろいろ連れて行ってもらい、たくさんの人を紹介してもらっている。街の風光明媚さが人にも影響しているかのように、会う人すべてが気分良く、こういう人達を「キレイな魂」と言うのかと実感した。アメリカの一部ではあるが、ここだけ他の都市と違う「宇宙感」が快い。今夜はケント母、ジョイスの家に泊めてもらう。

写真:ジョイスの住まいは、モデルルームよりモデルルーム。

投稿者:高嶋真志  2005.04.16

筋肉牧場 アメリカ#70

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 観光の名所が多い街ではないけれど、なんだかゆとりのある空気を感じるボストンに長居している。ボストン美術館散策をはじめ、スターウォーズなど多数の映画音楽を手がけるボストンポップスオーケストラの演奏を3夜連続で聴くなど、「心の栄養」をたっぷり摂らせてもらった。素敵な時間を過ごさせてもらったが、「いい加減日本に帰ってこい」というお達しも届きはじめ、そろそろここを離れることに。最近周囲に、ずいぶんとめでたいことがつづく。結婚に、新しい命の誕生に…。こちらまで嬉しい、幸せな気持ちになる。僕は無宗教だけど、ボストンを離れる間際、近くの教会でみんなの幸せを感謝し、願った。これからコネチカット州オールドライムを経由し、今回の旅の最終目的地、ニューヨークに向かう。この旅もいよいよ大詰めだ。

写真:親しい人の喜びは、自分の心にとって「最良の栄養剤」だと感じた。

投稿者:高嶋真志  2005.04.14

筋肉牧場 アメリカ#69

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 ホテル近くのジョン・ハンコックタワー展望台からの眺めは本当に素晴らしい。春の息吹を感じるチャールズ川、ビーコンヒルやノースエンドの景色を眺めに、毎朝ここに足を運んでいる。今日はそこからも見える学園都市ケンブリッジへ散策に出かけた。MITの学長に挨拶を終え、早々に懐かしのハーバード大へ向かった。地下鉄を乗り継ぎ、正門前に到着。何度も宿泊している寮の敷地をすり抜け、ビジネスセンターへ。非常勤で僕が教えたことのある、現在そこでアナライザーとして勤務している元生徒に会いに行った。近年の世界情勢や今後の金融界などについて軽い雑談をした後、裏に連れて行かれ相談を持ちかけられた。彼は某米企業のサクセッションプランに頭を悩ませていたらしい。その問題を聞かされ、直感的に即答すると「そうか、それだ!」と大いに喜んでくれた。この問題の報酬は日本円で億単位のものだそうで、僕にも半分…なんて言われたが、握手だけしてその場を去った。帰りは思い出深い研究室ブロックに立ち寄り、懐かしい顔に触れながらホテルに戻った。

写真:かつて50㎡の1室を構えていた、ハーバード研究室建物群の一角。

投稿者:高嶋真志  2005.04.08

筋肉牧場 アメリカ#68

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 ボストンに滞在している。ここは僕の中でも好きなアメリカの街トップ3に入る場所だ。人は多いのに喧噪がなく、優雅で落ち着いた雰囲気が街中に漂っており、とにかく心地よい。今回の宿泊先は、チャールズ川の向こうにマサチューセッツ工科大学(MIT)のある緑豊かなケンブリッジ地域の広がる、バックベイのトリニティ教会近くのホテルを選んだ。「暮らしたい」と感じる地域だ。僕の好きなシーズンはクリスマス前後であるが、以前より一度見てみたいのがボストンのクリスマス風景だった。まだ一度も触れたことが無く、ここに来る度に「クリスマスにはより美しい街並みになるんだろうな」と思ってしまう。ハーバード大やMITと関係が深かった頃にもクリスマス時だけはなぜかこの街におらず、今回も春に訪れることになった。春のボストンと言えば、一番最近ここを訪れたのも6年前のちょうど今頃だった。テツとNYからアムトラックで来たのが懐かしい。慌ただしく2人で夕食をとったレストランが駅前にまだ残っており、あの頃の感覚が胸に蘇えるのを実感した。

写真:優雅な時間が流れる、ボストン中央に位置するパブリックガーデン。

投稿者:高嶋真志  2005.04.05

筋肉牧場 アメリカ#67

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 ワシントンDCで催されたジェニーのパーティで知り合った俳優達に合流し、ボストンに向かっている。Route76から87を経由しSpringfieldに到着した。彼らが撮影リハーサルをしている間、街の美術館でラ・トゥール(*1)の絵を見た。これほどまでに“陰影”の存在を意識させられたのは初めてだった。一般的な絵の多くは全体に光が当てられているが、彼の場合はそうでなく、光源がはっきりしている。画中に描かれたロウソクが光源ならば、その周囲だけが明るく照らされ、他の部分は陰となる。当然の話ではあるが、ラ・トゥールの焦点の当て方が良いのか、「光と陰の凄み」を実感させられた。写真でも同じような見え方にはなるのかも知れないが、描き手の思想・哲学を強く感じる作品だった。「光と陰」、「喜びと悲しみ」、「生と死」。世の中にあるものは、名詞における同一性を土台にした物を除けば、対比されるものがあるからこそ存在する。大切なのは、森羅万象に“自分なりの光源”を与え、如何に自分自身の見方、理解の仕方をするかということである。彼の描く陰影から、そんな“想い”を受け取った。

写真:映画の撮影隊は今夜、スプリングフィールド郊外の森にキャンプを張る。
(*1)Georges de La Tour (1593-1652:仏:画家)

投稿者:高嶋真志  2005.04.01

筋肉牧場 アメリカ#66

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 西暦1800年にワシントンDCに移されるまでアメリカの首都だったというPhiladelphiaに来た。アメリカは元々イギリスの植民地とみなされていたが、1774年、英国の弾圧政策に対抗する「大陸会議」がここフィラデルフィアのカーペンターズ・ホールにて行なわれる。その後1776年には同じくフィラデルフィアの独立記念ホールにてトーマス・ジェファーソン起草による独立宣言が採択され、以降7月4日の独立記念日となった。今回はそれら記念館を見てまわると共に、多くの歴史書に触れた。トーマス・ジェファーソンが署名した独立宣言文の実物を見せてもらったが、アメリカ合衆国の歴史がこの一つの書面・署名から始まったと思うと、この宣言文の重みを恐れずにはいられなかった。歴史的なホールが建ち並ぶこの地域一帯、インディペンデンス国立歴史公園は、「Birthplace of the Nation(合衆国誕生の地)」とも言われている。良い意味でも悪い意味でも「自由」が生まれた場所だと思うと、他の都市とはひと味違う空気を感じる。しかし、NYでもロスでもワシントンDCでもなくここがアメリカの中心であった、というニオイは、もう漂わない。

写真:独立運動の拠点だった場所には、現在コーヒーショップが建つ。

投稿者:高嶋真志  2005.03.28

筋肉牧場 アメリカ#65

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 ナショナルミュージアムのいつもの喫茶店で開催されるという、例のおばあちゃんの誕生日を祝すガーデンパーティに招待してもらった。政界、芸術界、音楽界のそうそうたる著名人が集う催しとなっており、13時のスタート時点で150人は集まっていた。僕はそのおばあちゃんをジェニーと気安く呼んでいるが、周りは敬称を付けたファミリーネームでものものしく呼んでいた。招待を受けたのがついこの間だったのでまともな品が用意できなかったが、オールプラチナにピンクゴールドのバラが縁取られたティアラをプレゼントした。彼女は大いに喜び会中ずっと付けてくれていた。テラスで15人編成のオーケストレーションが始まりシャンパンを飲みながら聞き入った。専門外ではあったが、オーボエで僕も一曲だけ参加させてもらった。顔見知りの議員など数人いたが、他にもジェニーがいろいろ紹介してくれ、知人をたくさんつくることができた。夜はそこで知り合ったスピルバーグファミリーのアクター達と食事に行き、舞台が行なわれるというボストンに共に行く約束をした。

写真:「午前中のがいい」とジェニーが言う、階段に射す光。(ジェニー写す)

投稿者:高嶋真志  2005.03.24

筋肉牧場 アメリカ#64

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 ワシントンDCには30軒以上もの美術館・博物館が点在する。これは世界的に見ても珍しい多さであるとワシントン・ポストのトリガー氏が語ってくれた。今回の旅行では2週間弱でそのすべてに足を運ぶことができた。中でもナショナルミュージアムは印象的で、展示物はもちろん、美術館自体の建物や庭園がまた見物だった。ペンタゴンやホワイトハウスとは違う文化の優雅な空気感があり、毎日決まって庭園の喫茶店でアールグレイを頼んでは時間を過ごしていた。そこでスペイン人のおばあちゃんと友達になり、中央駅近くの彼女のマンションに招待してもらった。表札を見て僕は声を上げてしまった。彼女はパブロ・ピカソの親戚だったのだ。実際にピカソの絵画や彫刻がリビングに飾られており、美術館では決して見ることのできない逸品に触れさせてもらった。他にもダリ、セザンヌ、ゴッホといったメジャーどころの絵画が飾られ、夜はそれらの作品に囲まれながらディナーをいただいた。

写真:ナショナルミュージアムは、階段にまで「光」が計算されている。

投稿者:高嶋真志  2005.03.22

筋肉牧場 アメリカ#63

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 元クラスメイトのよしみで、ビルが米国防総省(ペンタゴン)を案内してくれた。現在ビルは国家情報機密室の責任者で、現大統領直属の部下にあたる。ホワイトハウスへの出入りも多いため当初は「ホワイトハウスを案内する」と言われていたが、前回記述した理由で丁重に断り、ペンタゴンに行くことになった。荷物や貴金属類をすべて入口に預け、ビルとアンナというアシスタントの若い白人女性の3人でペンタゴンに入る。そこは歴代大統領の肖像画が広い空間一面の壁に飾られ、博物館のような空気が漂よっていた。エントランスを過ぎるとアリの巣のように繋がった廊下が環状に続く。この設計により最遠の部屋同士でも10分以内に往来ができるとアンナが教えてくれた。続いて指紋、瞳、IDカードチェックの扉を3枚通り抜け、ビルの働く情報機密局や国防航空局などを見てまわる。トイレに入ると一般人がいるはずないからか、僕を見た黒人男性が急いで駆け寄ってきた。怪しまれているのかと覚悟したら、大学院で共に学んだウイリアムスだった。その後はビル等と4人でペンタゴン内の社員食堂でコーヒーを飲みながら、懐かしい話で盛り上がった。

写真:スパイカメラで唯一撮れた、ペンタゴン内食堂の扉。

投稿者:高嶋真志  2005.03.16

筋肉牧場 アメリカ#62

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 ワシントンDC(Washington,District of Columbia)に到着した。警官は多く歩いているものの、さしてものものしい雰囲気はない。近くには行ったが、今回はホワイトハウスには入らないつもりだ。というのも以前招待された時、客であるにもかかわらず長々と手荷物検査をされ、挙げ句の果てに検便までさせられたからだ。もうあんなところには行きたくない。そんなこともあり昨日今日と、街の散歩や早朝マラソンを楽しんだ。この街は首都にもかかわらず、人工ではあるが緑も多く存在し、法律で高い建物も規制されているので空も随分と広く感じる。東ポトマック公園まで歩き、ポトマック川の対岸に見える、元クラスメイトが多数勤務するペンタゴンを眺めた。

写真:取り締まりは異常に厳しいが、路駐は減らない。

投稿者:高嶋真志  2005.03.11

筋肉牧場 アメリカ#61

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 無理な生活をしたつもりはないが、風邪をひいてしまっていた。部屋の中でもやけに寒く感じ、身体の節々が痛む。早く治してしまいたかったので、知り合いのドクターに診せに行った。単なる風邪だろうに心配してくれた彼は、川沿いのホテル最上階のsuit roomを手配してくれた。さらに「神の手・鬼の診察Dr.エドワード」と呼ばれる彼は、何度も断ったのに女性のメイドさんを4人つけてくれた。もちろんお風呂は一人で入ったが、食事は毎回「アーン」してもらった。一昨々日からずっと5人でいるので、みんなで歌などを唄って3LDKのsuit roomを満喫。昼にさんざん泣かれながら、エドワードに挨拶してチェックアウト。随分とピッツバーグに長居してしまった。4人それぞれに「Take me to NY with you」と言われたが、軽く抱きしめて断った。

写真:寂しい気持ちを希望に変え、ワシントンDCへドライブ。

投稿者:高嶋真志  2005.03.08

筋肉牧場 アメリカ#60

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 宿泊しているピッツバーグのゴールデン・トライアングル中央に位置するホテルを出て、目の前を流れるアルゲイニー川を渡りアンディ・ウォーホール美術館に行ってみた。ポップアートの第一人者である彼は、1928年に東欧からの移民である両親のもとにこの地で生まれたらしい。「強烈なマザコンだったが、そのお陰で彼の才能が開花した」とミュージアム芸術員に教えられた。展示される3,000点に上る彼の作品はニューヨークなどで見るものよりもはるかに人間臭い作品が多く、アーティストとしてではなく人間としての彼に触れられた気がした。帰ろうとするとこちらに向かって歩いて来た白人の老紳士に「ここから15km離れたアシュラムにカタレプシー(仮死状態)の男がいる。君が行くことで彼は起き上がる」とサンスクリット語で耳打ちされる。渋々「わかった、今から行くよ」とタイ語で返すと、理解したかしないかは分からないが安心した面持ちで彼は去っていった。

写真:スタッドレスに履き替えた車で、有名なアシュラムのある山中に到着。

投稿者:高嶋真志  2005.03.03

筋肉牧場 アメリカ#59

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 ここ数日、降雪量がとても多い。この新雪を味わおうとピッツバーグからRoute376を東に3時間ほど走ったMonroevilleの雪山に山岳スキーをしにきている。楽しむつもりだったが新聞社の強い勧めで、なぜか地元レスキュー隊のスキー訓練に同行することになってしまった。雪山での遭難ケースがあとを断たないらしく、訓練も最悪を想定したハードなものとなっていた。崖からのジャンプトレーニングや、高さ35m地点のヘリからの飛び降り訓練。楽しかったのが、寒さ対策の上半身裸スキー15kmランと湖3kmスイム。有色人種は冷風にある程度強い構造らしく、日本人の僕や黒人系はわりと元気だったが、白人の多くは低温火傷で途中何人か失神していた。最近運動不足で食べては飲んでの日々を過ごしている僕だが、最優秀レスキュー隊員に選ばれた。夜は宿舎で表彰式が開かれ、記念に僕の肖像画が宿舎に飾られることになった。もう2度と来ないだろう場所に自分が飾られることはあまりに嫌だったので、肖像画は日本に持ち帰ることにした。

写真:表彰式も行なわれた、雪山麓の隊員宿舎を離れる。

投稿者:高嶋真志  2005.02.27

筋肉牧場 アメリカ#58

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 雪上乗馬やスキージャンプなどのスポーツをさんざん楽しみ、今日ピッツバーグのダウンタウンに戻ってきた。ここは決して広い街ではないが、意外と見所が多い。中心部からトラム(地下鉄)に乗りマノンガヘイラ川を越えると、マウント・ワシントンの丘に向かうインクライン(登山鉄道みたいなもの)乗り場に出る。ゆっくりと走るインクラインに乗り頂上に降り立つと、眼下に街と大きな2本の川の流れが見下ろせる公園が広がる。その園内にはダウンタウンを一望する創業120年のスペイン料理店があり、今日はここでディナーをすることにした。店はツタが建物一面を覆う古い教会のような佇まいで、夜は夜景を楽しむために全館ロウソクの明かりのみとなる粋で伝統を感じさせる営業スタイル。食前酒をいただきながら、近くにある暖炉とロウソクの柔らかな灯に早くも恍惚とした気分にさせられる。メインディッシュを運んでくれたオーナーが、「開けるのはケネディ元大統領来店以来」と言う創業年に創られた赤ワインを出してくれた。暖炉、ロウソク、赤ワインに幸せな夜景。そして何よりも嬉しいオーナーの心。起きながらにして、僕は夢を見ている感覚に陥っていた。

写真:ヴィンテージワインが大切に保管される店のシークレットプレイス。

投稿者:高嶋真志  2005.02.22

筋肉牧場 アメリカ#57

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 ダウンタウンから車で30分くらいのところに300エーカーもの土地を所有し、優雅な夫婦生活をそこで送る音楽家の友人宅に居候している。ワールドツアーを終えた彼と、プロゴルファーの奥さんもイギリスでのツアーを終え、ちょうど戻って来ていた。久々に3人で彼らの愛馬に乗り、山々を駆け巡った。Snow Horseという種の馬は文字通り雪上での動きが機敏で、緑の世界を駆けるのもいいが純白の世界を駆け抜けるのも神秘的で心地よいものだと感じた。2時間ほど走ったところで凍った湖上に出る。そこではワカサギ釣りが楽しめ、3人で80匹釣り上げた。焚き火を囲み、ビールを飲みながら揚げたてのワカサギをいただく。食事中遠くからクマが近づいてきたこともあり、日没までに時間があったが早めに戻ることに。食事後の乗馬は寒かったから、走行中ずっと愛馬を抱きしめていた。

写真:音楽家の家は、ゲストルームのバストイレにまで個性が息づく。

投稿者:高嶋真志  2005.02.18

筋肉牧場 アメリカ#56

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 教授仲間達にさんざん引き止められたが、来月末にはNYにいなくてはならないこともあり寂しくもコロンバスを離れた。Route70を東に車を走らせ、ピッツバーグに到着。まずは選手時代に僕のライバルだったNHL(ホッケー)ピッツバーグ・ペンギンズ現得点王のボブに会いに行く。いきなりの訪問だったが満面の笑みで迎えてくれ「なんてタイミングがいいんだ」と、今日の試合を風邪で休む監督の代わりに指揮をとってくれと頼まれる。再会をあまりに喜んでくれていたので無下に断れず受諾。しかしメンバー登録には間に合わないため観客席から無線で指示することに。燃えた。久々の戦いの世界だったが、本能はやはり勝負勘を忘れていなかった。接戦ではあったが、試合直前に考えた僕のフォメーションでボブが決勝点を挙げ、なんとか無事に勝利。観客席でチアガール達に胴上げされる僕を、周囲の客は不思議そうに見ていた。

写真:試合前、集中力を高めにスタジアム展望台から街を眺める。

投稿者:高嶋真志  2005.02.14

筋肉牧場 アメリカ#55

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 講演やワークショップの間に、中西部最大の遊園地と言われる「Paramount's Kings Island」へ息抜きに行った。息を抜くほどストレスや疲れは溜まってないが、この遊園地へ行ったことが逆にストレスを溜めるハメになった。東京ディズニーランドをより子供向けにした感じのこのテーマパークは、ローラーコースターなど大人も楽しめるアトラクションもたくさん存在する。しかしもう一人いれば楽しめただろうが、「一人」で巡るのは寂しく、辛いものでしかなかった。青く澄んでいた空も昼過ぎには灰色に変わり、「もう帰ろう」と駐車場へ向かう。すると「またおいでよ」とでも言うように雨のダイアモンドダストが園内の広場に映った。今度は誰かと一緒に来るよ、と礼を返した。

写真:ここ数日、太陽と過ごす時間が少ない。

投稿者:高嶋真志  2005.02.10

筋肉牧場 アメリカ#54

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 クリーヴランドからRoute71を南下したコロンバスに滞在している。ここではオハイオ州立大学の懐かしい面々に会いながら時を過ごしている。田舎ではあるが人との距離が近く、とても気分よく活動できる街だ。知人が何人かいるのでコロンバスではホテルに泊まる必要が無い。毎日いろんな家族にお世話になっている。現在の日本の住まいとは異なり、どの家庭もオープンな部屋の配置でとても開放的。日本家屋も素材こそ違えど、かつては襖を開ければ大きな一室だったのに最近はほとんど無くなった気がする。良き日本が薄れて近代化が進むのを見ると、現在中国に群がる人たちの破壊活動が気になる。北京を始めすべての場所で、中国の良さがウィルスにやられないよう、遠くアメリカの地で祈るばかりだ。

写真:マフィン&ヨーグルトwithコーヒーがこの街の朝食スタイル。

投稿者:高嶋真志  2005.02.07

筋肉牧場 アメリカ#53

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 トレドからエリー湖沿いのRoute90を200kmほど走り、Clevelandに到着した。時速80マイルで数時間走っても横にずっとエリー湖が見えており「相当この湖はでかいな」と実感した。以前この街に来たときは工業地帯のイメージが強かったが、建物が増えて観光面も充実したようだ。タワー・シティ・センター裏に新しくできたというホテルに宿泊した。夜には分からなかったがなかなか凝った造りのホテルで「ニューヨークのグランドセントラル駅を意識した」と共にモーニングビュフェを楽しんだ総支配人が話してくれた。48階の僕の部屋からは今回もエリー湖が望め、ここ数日エリー湖ばかり眺めている気がする。夕刻にディナーをと外に出ようとしたら、コンシェルジュに呼び止められ部屋に戻される。しばらく部屋にいるとシャンパン&フレンチのフルコースが運ばれ「ホテルからのプレゼントです」と担当の女性に言われる。そのまま彼女は部屋を出て行こうとするので「ありがとう」とチップを渡すと、少し顔を赤らめていた。食事しながらエリー湖に目を向けると、不思議と月が2つ見える。しかし良く見ると、空に浮かぶ月と湖面に映る月だった。足を組み直し、ゆっくりとメインディッシュを待った。

写真:偉人の銅像が配置される、宿泊中ホテルのファサード。

投稿者:高嶋真志  2005.02.04

筋肉牧場 アメリカ#52

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 シカゴを出発し、ワシントンDC方面に向かうことにした。途中Columbus(OHIO)、Pittsburgh(PENNSYLVANIA)あたりに立ち寄ろうと考えている。一週間以上休ませたままにしていた車にエンジンをかけ、Route90を東に向かう。あまり急ぐ必要も無いので今夜はエリー湖岸のToledoに一泊することにした。中国人の「耀丹」という女性をシカゴから乗せてきており、彼女を工場のあるBowlingGreenまで送る。お礼に彼女がデザインしたレザージャケットをもらった。車中では中国の話をいろいろ聞く。お祖父さんは日本嫌いだが、彼女はそんなこと無いそう。あまり日本人を知らないけど、歌手ではスマップとノリピーは聞いたと言っていた。逆に中国人歌手を知ってるかと聞かれたけど、残念ながら僕は一人も知らなかった。たまたま彼女の持っていたテープを聴かせてもらい「龍玄徳」という男性アーティストを知る。ピアノでジャズの弾き語りをしていて、とても中国人とは思えない。ブラックコンテンポラリーを歌う黒人歌手のような甘く太い声色。ピアノはビル・エヴァンスのように繊細。今度彼のCDを探そうと思う。今夜はエリー湖を望む部屋で、独りワインを飲むつもりだ。

写真:トレドのダウンタウンで、おやつとワインを買いました。

投稿者:高嶋真志  2005.02.01

筋肉牧場 アメリカ#51

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 シカゴに住む仲の良い知人たちが、ここを去る僕のためにとイベントを開いてくれた。「どうせなら盛大に」というPeterの提案で、ミシガン湖畔の200m四方くらいのスペースを市から借り、そこが会場となった。6つのラップユニットのバトルと7バンドの対バンに加え、ダンスや各種アートパフォーマンス、さらにはシカゴ交響楽団の飛び入りで、普段ならありえないオーケストラ&バレエ団のコラボ公演まで実現した。音響や照明といった機材はシカゴのテレビ局とラジオ局から運んだものなので、その件もあり時々ナマでイベント風景が放送されたみたいだ。土曜日の朝に始まったこのイベントは日曜日の夜まで続き、大雪にも関わらずのべ7,000人くらい来てくれた。Peterは「お金とれば良かった」とジョーダン混じりに笑っていた。フィナーレでは照れながらもステージに上がり、みんなに「ありがとう」と感謝の気持ちを述べ、自慢ののどを一曲だけ披露した。

写真:特設ステージ跡には雪も無く、2日間の熱狂を夢と思わせる。

投稿者:高嶋真志  2005.01.31

筋肉牧場 アメリカ#50

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 そろそろシカゴを離れようと思うので、細部まで見ようとLOOPを足代わりにダウンタウンを散策している。今日の目玉はなんと言ってもカポネの孫との面会だった。カポネは禁酒法の敷かれる時代シカゴで暗躍したマフィアの大ボス。場所は細かく言えないが、ループからバスに乗り変えカポネ邸に行く。厳重に警備された玄関を入ると、まずは廊下に並べられたカポネの遺品に目を奪われる。その中でも特別見せてもらった直筆の日記には見入ってしまった。そこに書き込まれた財務省のエリオット・ネス氏に対する記述には、対立する男同士のロマンを感じずにはいられなかった。スケールの大きい男達だ。人生もう少し大きく生きてもいいんだぞ、とカポネの遺品達に教えられた気がする。

写真:摩天楼の間を駆けるLOOP(高架鉄道)。

投稿者:高嶋真志  2005.01.27

筋肉牧場 アメリカ#49

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 バッグや化粧品で有名なイタリア高級ブランドのオーナーに誘われ、世界歯科学会の事務局長、仏国立精神医学研究所長らと共に4日間のクルージングを楽しんできた。シカゴの港から28億円したというクルーザーに乗りミシガン湖を行く。ゆっくりとしたスピードで船は進み、ヒューロン湖に出る。そしてデトロイトで開催されるあるメーカー主催のパーティに出席し、ヘリでシカゴに戻るというコースだった。船では毎日夕方になると専属シェフが出てきて、丹念に味付けしたという海老や蟹のバーベキューがデッキにて行われた。同行するソムリエのワインは本当に的確で、さらにバーテンダーには初めて口にするようなカクテルを振る舞ってもらう。高級希少品を口にしながら遠くに広がるアメリカやカナダの大地を眺める。しかしこんな時にも、回転寿しの「サラダ巻き」が恋しくなるから人間は罪な生き物だ。

写真:もうすぐデトロイトに着く風景。

投稿者:高嶋真志  2005.01.24

筋肉牧場 アメリカ#48

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 昨年末もここに来たが、それを除けばシカゴを訪れるのは8年ぶり。前回はニューヨークを起点にジャズのルーツを辿る旅をしていたが、今回はその逆。しかしやはり今回も音楽には触れておきたい。シカゴの街にはジャズ、ブルース、ロックと幅広いジャンルのライブハウスが多く点在する。ニューオリンズのライブハウスよりも大分都会的に洗練された雰囲気で、どの店もお酒を飲みながら聴くことができる。昨夜はブルース、今夜はモダンジャズに聴き入った。昼間は車を預けて徒歩で移動。メトロポリタン、ボストンと並ぶアメリカ3大美術館の一つ、1891年に竣工したシカゴ美術館に足を運ぶ。陳列される印刷物でよく目にする作品の本物は、見る者の身体を斬りつけるような力を持っている。続いて現代美術館も見に行く。音楽や絵画三昧に加えてホテルも快適。寒いシカゴだが、もうしばらくこの贅沢な環境を満喫しようと思う。

写真:東京のように入組んだ街並み。愛車はしばし休憩。

投稿者:高嶋真志  2005.01.19

筋肉牧場 アメリカ#47

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 帰国ついでに個展用の作品を2点仕上げてくれとの要望に応え、ここ数日充実した時間を過ごすことができた。先週末に日本を離れ、今夜、モスクワ2泊経由でシカゴに戻ってきた。つい2h前くらいに着いたばかりだ。空港にてネット予約していたレンタカーを受領するものの、ガソリンが入っていない・・・。怒っても仕方がないので、僕が入れに行くくらいの余裕を見せることに。真っ暗だがオレンジ色の街灯が異国を感じさせるシカゴのダウンタウンと、緑が整備されたミシガン湖のほとりを時間をかけてドライブ。帰ってきた。この空気が恋しかった。今度の春にはニューヨークにいるはずだ。

写真:ハンドルを握り、一人帰国の喜びをかみしめる。

投稿者:高嶋真志  2005.01.17

筋肉牧場 アメリカ#46

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 家々に輝くクリスマスイルミネーションを眺めながら、昨夜遅く、シカゴに到着した。ホテル探しに苦戦し、ジョン・ハンコック・センター近くのホテルに2:30AMチェックイン。今朝は10時に起床し、17時のフライトまでクリスマス一色の街に出る。車の返却などもあり2hほどしか歩けなかったが、教会で賛美歌を聴けたのは良かった。ろうそくの焔と賛美歌はよく似合う。15時オヘア空港に到着し、スタバのコーヒーを飲みながらこの日記をつけている。そろそろ出発だ。また来年会いましょう。1月半ばにはこちらに戻ります。もちろんシカゴからの再出発です。

写真:クリスマスのお祝いと、2005年の充実を願う。

投稿者:高嶋真志  2004.12.24

筋肉牧場 アメリカ#45

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 急かされる理由がないのをいいことに、アメリカでの2ヶ月半を思うままに過ごしてきた。しかし、22日朝のこと。クリスマスを目の前にして突如マネージャーから連絡が入った。「ドームツアーの打合せ&リハーサルを急遽やることになった。年末年始帰ってきて欲しい」。・・・・・・。こればかりは仕方ない。ここで一時帰国することに。24日シカゴ発になるので、連絡後すぐにシンシナティを出発。Indianapolisで一泊。今朝は遅い食事後、せっかくなので地元の美術館に行く。縄文土器や「源氏物語」の屏風など、驚きの展示物が多かった。見物後17時頃インディアナポリスを出発。現在はRoute65沿いのRemingtonで夕食したところだ。クリスマス・イヴになる時刻には、シカゴに着くだろう。

写真:シカゴに向け、慌ただしくDrive。

投稿者:高嶋真志  2004.12.23

筋肉牧場 アメリカ#44

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 Lexingtonの北150kmほどに位置するCincinnatiで小休止。車を置いて街を歩き回る。オハイオ川でのクルージングやシンシナティ・レッズの本拠地“リバーフロントスタジアム”などを見物する。クリスマスイベントとしてスタジアムで行われていたシンシナティ交響楽団の演奏も素晴らしく、ここを余計に気に入る要因となった。夜は有名なチリのお店「カーリーヘアーズ」にて一人食事。チリビーンズの上に伊勢エビとフォアグラを豪快に乗せた店自慢の逸品には、独りのテーブルなのに思わず「ワォ」と声を出してしまった。是非ここに来たらこれを味わって欲しい。

写真:エデン・パークを目指すバスの乗客は僕一人。
   外を眺めても、この街には不思議と人がいない。

投稿者:高嶋真志  2004.12.21

筋肉牧場 アメリカ#43

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 Route40を東に進みKnoxvilleに1泊。そこからRoute75に入り北上し、Lexingtonに到着した。生まれて初めてのケンタッキー州だ。ここは、街よりも郊外がいい。ダウンタウンを少し離れると、Bluegrassの輝く広大な牧草地が広がる。そこで沢山の馬や牛が遊んでいる光景には、とても心を軽くさせられてしまう。僕を撫で行く風と、風が通るたびに薫る草の香と音。競走馬として育てられているサラブレッドの嘶きも、この場で聞くと感慨深い。勝手に人間に育てられ、競争を強いられる彼等。彼にはどれほどの倍率がつき、どれだけのお金を誰かにもたらすのか。「君たちの居場所はレース場じゃないよな」。目の前を走るサラブレッド達を見ながらそう語りかけたが、彼等は力強く嘶くばかりだった。

写真:人間の与えるエサは、このカワイイ箱に入れられる。

投稿者:高嶋真志  2004.12.19

筋肉牧場 アメリカ#42

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 この数日間さまざまな街を訪れている。今回はチャタヌーガからRoute24を北上し、昨夜Nashvilleに着いた。テネシー州の州都だがさほど大きい街ではない。ここに来るまで知らなかったが、カントリーミュージックは別名“ナッシュビル・サウンド”と呼ばれ、この地で生まれたそうだ。チャタヌーガから僕の車に同乗してきた州知事の21歳になる孫テムジンと、到着早々に音楽関連の会社、スタジオ、店等が密集するミュージック・ロウ地区へ。カントリーミュージックの博物館や人気ミュージシャンの衣装などを見て回る。WNAH-Radioに行くと、ロンドンで一緒に演奏したことのあるSAXプレイヤーのジニーがDJをしていた。番組中にスタジオに入ったら、彼女は驚きと喜びで跳ね回っていた。ゲストとして10分ほど番組に参加。久々のラジオ出演だから緊張した。

写真:テムジンの広い部屋に泊めてもらう。

投稿者:高嶋真志  2004.12.16

筋肉牧場 アメリカ#41

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 アトランタを出て到着したのは、チャタヌーガ。1815年に交易所として生まれた人口16万人ほどのこの街は、テネシー川のほとりに位置している。他都市と一風変わったこの名は「“岩が迫ってきているところ” という意味を持つ先住民の言葉です」とランチで同席したテネシー州知事が教えてくれた。「岩」とはダウンタウン南にある標高約700mにあるルックアウト・マウンテンのこと。食後早速見に行く。オーストラリアのエアーズロックを少し縮めたイメージだった。街に戻り、歌でも有名な鉄道ターミナル「Chattanooga Cho Cho(チャタヌーガチューチュー)」を見学。「歌で有名」というのは日本で言う「上野駅」演歌系ではなく、童謡の「汽車ぽっぽ」的な位置づけの歌である。日本人でも小野リサや細野晴臣が演じている。1909年オープンなだけあり、レトロな雰囲気でとてもあたたかい。このような小規模都市には、いまだ良きアメリカの空気感が残っている。

写真:ルックアウト・マウンテンからチャタヌーガと静かなテネシーを眺める。

投稿者:高嶋真志  2004.12.14

筋肉牧場 アメリカ#40

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 留まらないつもりでいたのだが、アトランタに2泊している。キング牧師国立歴史地区が面白いからだ。他はいたって普通の街並みだが、この地区は非常に興味深い。資料や展示物を眺めるほどにキング牧師の人生に触れ、人の運命の不思議さを改めて実感する。彼の生家は今でも残っており、無料ツアーで見学できる。幼少時代に飛び降りて遊んでたという2階の窓や、恋人と語らっていたというベンチ。すべてに彼の息吹を感じるのは、自分の考え過ぎなのだろうか。明日この街を出る前に、もう一度彼に触れておきたいと感じる。

写真:この地区で人気のお土産、キング牧師Tシャツを売る店。

投稿者:高嶋真志  2004.12.11

筋肉牧場 アメリカ#39

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 シカゴまでの長い道のり、せっかくなので、小さな街を訪れながら進もうと考えた。マイアミを出てからはオーランドをスルーし、ジャクソンビルで休憩。86歳の老婆が一人で運営する古びたレストランでコーヒーとパンケーキを食べる。その後狸肉の名産地、Almaでディナー。肉が苦くて漢方を食べているようだった。食後Maconまで2h程運転し、泊。今日はアトランタへ。Route23を北上してる最中、久々に天気が悪くなる。自分の車上にはまだだが、遠くに雨が見える。そしてその雨の固まりが時速90mileで走る僕の車にどんどん近づいてくる。雨と晴れの境界線を初めて見た。

写真:遠くに嵐が見える。

投稿者:高嶋真志  2004.12.09

筋肉牧場 アメリカ#38

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 チェックアウトしてマイアミを出ようとした瞬間、ホテルのGMが大急ぎで僕の元にやってきた。クリスマスにマイアミで行われるあるイベントのプロジェクト・コーディネーター(PC)から突如連絡があり、ファッションショーの舞台美術への助言と音楽の録音に参加して欲しいとの言付けをもらう。仕方なく現場に向かい、一つ二つ意見してきた。PCとは初対面だったが、スタッフやバンド仲間はパリ時代に親しくしていた面々で、思いもよらず楽しい時間になった。結局夜はみんなで飲み明かし、今日昼過ぎにマイアミを出る。エミーに挨拶に行くと「生活習慣病やガン抑制に効くポリフェノールの一種“ナスニン”が多く含まれる『ナス』を持って行け」とナスの詰まった段ボール2箱を持たされる。一人旅だしホテル暮らしだからいらないと断ったが、聞き入れられなかった。一箱はテツに送ることにした。

写真:シカゴに向けて出発。お城のような雲が僕を見下ろす。

投稿者:高嶋真志  2004.12.07

筋肉牧場 アメリカ#37

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 「新しいホテルのレストランに飾りたい」とケントに依頼されていたツボが昨日ようやく僕の滞在するホテルに届いた。僕が昨年の依頼から1年かけて日本で制作した3m四方の巨大なツボだ。彼はこれに「木を活ける」と意気込んでいる。どうなるか楽しみだ。早速ガードマン2人と共にケントにツボを納品しに行く。現物を見た彼の文字に出来ないほどの興奮ぶりは見ていて面白かった。今夜はエミーの69回目の誕生日と言うことで息子のエリオットと落ち合い、3人でダスラー邸に向かう。そこには11月3日NYで行われたオークションで名画を買い逃したと悔やむロイという老紳士がいた。その絵とはナチスに略奪され日本人が所有していたシスレーの「春の太陽・ロワン川」。所有していた日本人が無償で返却した直後に元所有者遺族が手放した代物だそう。「名画は個人でなく、みんなで所有すべきですよ」と悔しがるロイ氏にアドバイスしておいた。さて、いよいよマイアミを離れる時が近づいた。

写真:毎朝挨拶に来た三羽に「また会いにくるよ」と約束する。

投稿者:高嶋真志  2004.12.05

筋肉牧場 アメリカ#36

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 今僕は、ダウンタウンのある本土側マイアミ市からビスケーン湾を挟んだ向かいの南北に延びる島、マイアミ・ビーチ市に滞在している。ホテルはビーチの南端5th〜17th stあたりのアール・デコ地区にあり、海やパームツリー、アール・デコの建造物を眺めながら時間を過ごすのにちょうどいい。19階にある僕の部屋のテラスは特に眺望が良く、ほのかな潮風に包まれながら、朝からずっと椅子に座っている。景色に触れながら最近自信喪失気味の自分と対話を試みるも、なかなか難しい。だからもう少し、ぼんやりと遠くを眺めておくことにした。

写真:ダウンタウンに向かうCotins.Aveをゆっくりと走る。

投稿者:高嶋真志  2004.12.02

筋肉牧場 アメリカ#35

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 昨夜は思いもよらない一夜となった。スポーツブランド、アディダスの創業者アディ・ダスラー(これが社名の由来だと初めて知った)の孫、エリオット・ダスラー所有のマイアミの別荘に招待されたのだ。招待されたと言っても、厳密にはケントに連れて行ってもらったという感じだ。プール2個に48部屋のゲストルーム。挙げればキリが無いほど、ほとんどホテルな佇まいだ。アジア経済学の教授であるエリオットの母、エミーもご在宅で、みんなでシャンパンをいただく。同席していたアンヌ・モリソンという白人女優とも友達になった。オードブルも豪勢で、お酒も進む。その場のノリで僕は安請け合いをしてしまった。エミーが勤めるフロリダ・ステート・ユニバシティでの講演を頼まれてしまったのだ。イヤとは言えず受諾。今日13時から200人の学生を相手に、僕の専門外ではあるが特別授業「幕末の日本」について90分話してきた。吉田松陰を中心に話したが、特に久坂玄瑞をエコひいきめに話した。好評だったらしく明日も頼まれたが、さすがにそれは断わらせていただいた。

写真:アメリカの学生の質問はスルドい。

投稿者:高嶋真志  2004.11.30

筋肉牧場 アメリカ#34

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 今回も丸2日走り続けた。ニューオリンズからRoute12、10、75と乗り継ぎ、フロリダ半島の南端マイアミに着いた。パームツリーやアール・デコ調の建物が多く建ち並ぶこの街は、11月でもあたたかい。観光シーズンは“冬”というだけあって、なかなかの混雑だ。しかし環境の良さに、人の多さはあまり気にならない。夜はベイサイド・マーケットプレイスで久々にケントと食事する予定。彼はNY五番街のサックス・フィフス・アヴェニューやバーニーズなどの空間デザインを手がけており、今度マイアミにオープンするホテルの空間を創るためにここにいるそうだ。普段はNYマンハッタンから車で2hほどの距離にあるコネチカット州東部の、芸術家が集まる街として名高い「オールドライム」で優雅に暮らしている。今回の旅行でできればそこにも行きたいと思う。今夜は何をご馳走してくれるのか、今から楽しみだ。

写真:マリナ・パークとビスケーン湾。

投稿者:高嶋真志  2004.11.29

筋肉牧場 アメリカ#33

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 ここニューオリンズは音楽の街であるが、レコード屋はそれほど多くない。中古レコード屋が4,5件と、大型CD店が一軒あるだけだ。でも中古レコード屋はやはり面白い。とにかく置いてあるジャンルが幅広い。この街に来て今のところ95枚のレコードを購入した。そろそろ打ち止めにしなくては。とりあえず全部船便で送ることにした。面白いのが、どんな小さな店にも、ある日本人2人のレコードは必ず置いてあるという現実。その2人とは坂本龍一と渡辺貞夫である。この2人はやはり別格であると感じさせられる。それから今日は、ニューオリンズで最もポピュラーな宗教「ブードゥ教」に関して見て回った。あらゆる自然が崇拝の対象になっているが、宗教自体がかなりオカルト的な独特の雰囲気。身を守るお守りを一つ購入した。

写真:
(左)レコード屋や楽器店が集まるLOUIS通り。
(右)とうとう見つけた「JudyCarmichael」のアルバムとブードゥ教のお守り。

投稿者:高嶋真志  2004.11.26

筋肉牧場 アメリカ#32

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 僕が以前投稿した「宙」カテゴリー内の「再見!」という記事に、コメントが寄せられた。MIKAさんの心の師もそうだが、特にkさんの「機内に“想い”を置いて逃げる」という箇所に、僕は気分を一新させられた。分かる! という想いと、実は自分もそんな作業を“日常”でしているのかもしれない! という想いと。何処かに意識的に「“想い”を置いて逃げる」ことで、前向きになれることもあるのだろう。これも一つの消化作業かもしれない。でもkさん、「ひたすら逃げる」と言いながらも、実はご自身でしっかり消化されているんだな、と僕は感じます。どなたか存じませぬが、すてきな投稿をありがとう。また、お会いしましょう。

写真:“想い”の消化にいい“音楽”に触れる。
    (注:中央の人物がヴォーカルです。)

投稿者:高嶋真志  2004.11.24

筋肉牧場 アメリカ#31

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 毎晩いろんな店のライブに足を運んでいる。しかし意外にも、しっとりとしたモダンジャズの聴ける店が無い、ということに気がつく。ロック、ファンク、ディキシーランドジャズ、ブルースが多い。特に昨夜は、ディキシーランド系のジャズを演奏する、ニューオリンズで一番長い歴史を誇る「PRESERVATION HALL」に行ってみた。ホールと言っても学校の教室ほどの広さで、いわゆる我々が連想するコンサートホールとは程遠い。古い建物内に密集した聴衆と演奏家の距離が異様に近く、イヤでも演奏に熱中させられる。時間の経過が分からなかった。

写真:音楽ファンは必ず訪れる聖地。

投稿者:高嶋真志  2004.11.23

筋肉牧場 アメリカ#30

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 現存するアメリカ最古の大聖堂、セント・ルイス大聖堂で40人編成のゴスペルを聴いた。厳かな賛美歌から始まり、終盤はリズミカルでソウルフルな笑顔満点の大大大合唱。ステージを見ながら共に踊り、そして唄いまくる子供たちの、穢れない表情に僕は驚かされた。なんて素敵な教育だろうと思った。ゴスペルが終わり、外に出る。まだ外は明るい。相変わらずフレンチクォーターは音に溢れている。

写真:フレンチクォーターの中心で、すべての音を吸収する。

投稿者:高嶋真志  2004.11.21

筋肉牧場 アメリカ#29

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 ルイ・アームストロング公園まで歩き、サッチモの銅像に挨拶。午後はジャクソン広場に戻り、コーヒーを片手にディキシーランドジャズを楽しむ。6歳の黒人少年トランペッターと4歳のジャグラー少女の競演に$10のチップをはずんだ。夜は宿の兄ちゃんに紹介されたフレンチマーケット隣の「オマル・ディグラ」というケイジャン料理店に行ってみた。ジャンバラヤやガンボ、ワニとザリガニのマヨネーズ和えがいかにも南部な感じのホットな味だった。やはり有色人種の街だけあり、食事からも幼少時代過ごした南アの光景が蘇る。

写真:Rue Bourbon。

投稿者:高嶋真志  2004.11.19

筋肉牧場 アメリカ#28

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 ニューオリンズはジャズの街ではない。音楽そのものの街だ。ストリートに“風”のごとくあたりまえに吹き抜ける音楽やノイズ。その分、アルコールや葉っぱの香りも充満する。先ほどバーボンストリートの裏道で、スキンヘッドの男に抱きつかれた。なぜかこのニューオリンズ、いや、特にフレンチクォーターは、人間の温もりを感じられない街並だ。しかし、音霊は確実にこの周辺を彷徨っている。

写真:BourbonStreetの洪音。

投稿者:高嶋真志  2004.11.18

筋肉牧場 アメリカ#27

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 とにかくミシシッピ川が見たかった。トム・ソーヤの住むセント・ピーターズバーグからは離れているが、ハーモニカの音がよく似合う、蒸気船の走るあの川の光景をこの目で見たかった。ニューオリンズに着くやいなや、すぐに川縁のムーンウォークへ。5分も座っていると、川面を掻き上げる櫂の音、少し音程の高い汽笛が聞こえてきた。まさにトム・ソーヤの世界。船から降りた船夫と彼を待っていたメアリー姉さんみたいな女性が、近くのクレオール料理店に入って行くのを、なぜか身内のような気持ちで眺める。今夜のディナーはあの店にしよう。

写真:蒸気船、そしてミシシッピ リバー。

投稿者:高嶋真志  2004.11.16

筋肉牧場 アメリカ#26

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 リユニオン・タワー近くのホテルをチェックアウトし、ニューオリンズへ向けて出発する。Route20と49を計19時間ほど走り、BatonRougeに到着。メルヘンな街として知られるこの界隈には、いろいろな伝説があるようだ。妖精や天使なんて日常茶飯事、死人の魂にもすぐに会える場所みたい。その話に興味を抱いた僕は、アムトラック駅前の観光案内所でより詳しく聞ける場所はないかと尋ねた。すると長老の「Uncle MATT」に会いに行けと言われ、早速向かう。家に入れてもらい、暖炉の前にある揺り椅子に腰掛けて数々の逸話を聞かせてもらう。しかし残念ながらここにその詳細は書けない。目に見えない世界があることを痛感した、とだけ記しておくことにする。マット叔父さんの家に2泊させてもらった。

写真:宿泊していろいろな話を聞いた「マット叔父さんの家」。

投稿者:高嶋真志  2004.11.15

筋肉牧場 アメリカ#25

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 11月も半ばにさしかかったが、まだそれほど寒さは感じない。日本はそろそろ寒くなり、紅葉の季節だろう。トリニティ川沿いはそんな日本の秋を想起させるような、赤や黄に染まった木が立ち並ぶ郷愁感あふれる場所だ。ダラスのダウンタウンからトリニティ川を上流に向かい一時間ほど歩くと、かの有名な孫子公園に出る。ちょっと冷たい風の中、兵法の刻まれた石碑を背に紅茶を飲む。湯気の向こうに遊ぶ少年達が、落葉の中でダンスをしているように映った。

写真:孫子公園内にある、水と光をモチーフにした「pond de spree」。

投稿者:高嶋真志  2004.11.12

筋肉牧場 アメリカ#24

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 1963年11月22日、J・F・ケネディが銃弾に倒れたダラスのシックス・フロア付近を歩いてみた。その瞬間からもうすぐ丸41年になるこの周辺には、今でも沢山の花や手紙が置かれており、偉大な大統領であったことが伺える。近くにあるガッツ・コーヒーでホットミルクを飲んだ後、ダラス美術館へ。リンカーン大統領が4日間履いていたというサファイヤが織り込まれた「靴下」の展示に、この国のロマンを感じさせられた。夜は新聞社の社会部長を務めるダニー氏に、ユニオン駅近くのA&Dレストランでダラスの特産「カモ鍋」をご馳走になる。

写真:2軒目に連れて行かれたバー「Cowboys」。

投稿者:高嶋真志  2004.11.11

筋肉牧場 アメリカ#23

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 ダラスももう目の前。ようやくFt.Worthに到着した。運転疲れでヨタヨタと今夜泊まるMOTELを探す。最近モーテルに多く宿泊しているが、それぞれいろんな個性があって面白い。Castel Innというモーテルでは男性一人客がチェックインする際、部屋でシンデレラに扮した白人女性が唄ってくれるサービス。motel Route40は、車ごと部屋内に入り愛車を眺めながらベッドで眠れるという、逆に衛生上良くないんじゃないかと感じる造り。5階建ての5階にまで車をエレベーターで入れる様は、さすがアメリカと思わせる。こんな全く必要の無いサービスも、笑えていいものだと感じる。アメリカも西から南に移ったが、同じ国? と思うほど人種も街の顔も違う。南部の乾いた雰囲気に耐えられるかちょっと不安。明日はダラスだ。

写真:夕暮れに愛車。

投稿者:高嶋真志  2004.11.09

筋肉牧場 アメリカ#22

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 食事とガソリン補給くらいの休憩をとるにとどめ、直線一本道を14時間ひたすら走りつづけた。AmalinoでRoute40と別れ、Route287を南下する。とりあえずダラスを経由して、ニューオリンズに向かうことにした。しかし本当に長い一本道。左右には地平線、目の前には曲がり角のない道路。まるで“点”に向かって走っている感覚だ。

写真:今向かっている“点”。

投稿者:高嶋真志  2004.11.08

筋肉牧場 アメリカ#21

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 一度Flagstaffに戻り、レンタカー屋で車種変更することにした。というのも、これから思い切り南に向かい、走りまくろうと思うからだ。アメリカに来て一ヶ月経つが、距離的に全行程の1/5ほどしか進んでいない。もうちょいスピードを上げなきゃと考え、マニュアル車から楽なオートマ車に乗り換えたという訳だ。乗り換えた車でRoute40を東に進む。途中Holbrookという街で名産の「キツツキの姿干し」を食べてみた。見た目は丸焼けキツツキでグロテスクだけど、味はビーフジャーキーだった。今夜は行けるところまで走ろうと思う。

写真中央(人物):レンタカー屋で見かけてすぐ撮影した、
         香港スターの皇王子氏(プリ・プーリンス)。

投稿者:高嶋真志  2004.11.07

筋肉牧場 アメリカ#20

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 今回はホテルでの幽霊騒動に巻き込まれず、ゆったり快眠だった。新聞で大統領選の結果を読みながらの時間をかけた朝食後、観光に出ることに。やはりグランドキャニオンは空からも見物もしておきたい、ということで、セスナ機に乗り込む。機内からの眺めは「人間の目に見える生活は、生命の無限の動きの一部分にすぎない」という、トルストイのセリフを実感させる光景が広がっていた。

写真:Don Juan空港の飛行機に乗り込む。

投稿者:高嶋真志  2004.11.05

筋肉牧場 アメリカ#19

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 FlagstaffからRoute180を北に2h半ほど走り、グランドキャニオンに到着。油絵のような凹凸感の風景にしばし見とれる。今日は車を置いて、とにかく歩き回った。コロラド川で顔を洗っていたら、アライグマが僕の荷物のところにクルミを置いて去っていった。この旅行での宝物が一つ増えた。今夜はかつて幽霊を見たホテルに、再度泊まってみることにした。

写真:絶壁を行く。

投稿者:高嶋真志  2004.11.03

筋肉牧場 アメリカ#18

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 KingmanからRoute40を東に向かい、Flagstaffに到着した。小さな街だが、家も道路も自然も大きく、とても落ち着ける。この街で「Route66」の標識を初めて目にした。Route66とはシカゴ〜LAを結ぶ、1926年から85年まで使われていた幹線道路。JAZZナンバーのタイトルにもなった、良きアメリカを代表する象徴の一つだ。そう言えばNatKingColeが唄うRoute66の中にもKingmanやFlagstaffが出てきた。僕は今その辺りを走ってるんだ。この後はグランドキャニオンに向かおうと思う。

写真:信号待ち中に見えた「Route66」の標識。

投稿者:高嶋真志  2004.11.01

筋肉牧場 アメリカ#17

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 ラスベガスを早々に立ち、Route93を南下したKingmanに滞在。この時期、街はハロウィン一色に染まっている。ジェームス・ブラウン記念公園で行われている仮装大会を2日にわたり見物した。その中でも白熱したのが「VIKINGS対DANDELIONS」の蹴り合いボクシング。全く無意味な「蹴り合う」という行為を真剣に行う風景が笑いを誘い、楽しかった。チーム50人ずつが一対一で対決し、その勝数で勝敗を決めるこのゲームは、毎回相当数のケガ人がでるらしい。特にスネ骨折者の数は最も多く、僕も数人、目の当たりにした。折れる瞬間の鈍い音と悲鳴に、何故か客は大喜びしている。これまで106勝88敗で勝ち越しているVIKINGSは、今回も26対24の接戦で勝利。さらにスネ骨折者の数でも8人対5人とDANDELIONSに差をつけた。勝利チームながらも大腿骨を骨折した男性が、顔をだらしなくしかめつつ奥さんに肩を抱かれて去る背中が印象的だった。

写真:対戦相手を瞬時に倒した今回のMVP、トーマス氏(右)。

投稿者:高嶋真志  2004.10.31

筋肉牧場 アメリカ#16

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 新しいものが生まれつづけるラスベガスの中で、昔から変わらぬスタイルを貫く老舗ホテル、Flamingo Hiltonに泊まってみた。エンタテインメント性に欠けるも、逆にそこが良かった。太陽が完全に沈んだ頃にラスベガス入りした自分だが、到着早々ネオンや欲望丸出しの人々の群れにうんざり。元々砂漠地帯だけあって空気も相当乾燥しており、早くもこの街を出たいと感じる。外を歩く気にもショーを見物する気にもなれず、先輩sunny-maruさんの友人が経営しているというbarで久々のお酒を楽しむことにした。店に入るとsunny-maruさんが連絡をしてくれていたらしく手厚い歓迎を受ける。20席程のソファに間接照明が優しい、ゆったりとしたbar空間、僕は広いカウンターに腰掛けginベースの「夜の街角」というカクテルを注文した。この店は観光客もおらず、何度も足を運んでいる店であるかような安心感を与えてくれる。明日は早々にホテルをチェックアウトしてこの街を出よう。5杯目の「夜の街角」を空けた頃には、そう心に決めていた。

写真:コンベンションセンター近くにあるbar「hipo」。

投稿者:高嶋真志  2004.10.29

筋肉牧場 アメリカ#15

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 昨夜は散歩中に知り合ったアメリカ人家族のBBQに交ぜてもらい、200gのスペアリブをご馳走になる。6人家族の長女で9歳になるリサちゃんは、400g分の肉をペロリと平らげていた。さすがアメリカ。食後は38歳のパパ、ダニエルとホットコーヒーを片手にホテルのテラスで「チンギス・ハーンは義経か」について議論。0時就寝。今日はヨセミテ最終日。夕方にはRoute41&99を使いFresno経由でBakersfieldに入る。今夜はそこに一泊になりそうだ。一応予定では、明日夜にはラスベガスに行こうと思う。アメリカ入国以来、ようやくカリフォルニア州を出ることになる。

写真:沢山のパワーをくれたヨセミテの自然にお礼と別れを告げる。

投稿者:高嶋真志  2004.10.27

筋肉牧場 アメリカ#14

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 時間のたっぷりある旅行はやはり素晴らしい。ヨセミテを隅々まで散策している。2万年の風雪がつくりあげたという岩肌がドーム状に広がるHalfdomeをまずは見学。午後遅くには、花崗岩としては世界最大の一枚岩であるEl Capitanに向かう。ここは1095mの高さの岸壁がそびえ立つ、ロッククライマーあこがれの地だそうだ。高所恐怖症の僕は、ふもとから上を見上げただけでいろんな状況が脳を巡る。頂上から落ちたらどんなに痛いか、登ってる途中500mあたりで帰りたくなったらどっちに進むのが良いか、そんなことになったらパニックで飛び降りてしまうかも。などと。そんな弱虫をよそに、小学校に上がったばかりのマイケル君が1h半ほどで岸壁を制覇する様を呆然と眺める。人間にはそれぞれ違った能力があるんだよ、って自分に言い聞かせた。

写真:毎朝遊びに来るヨセミテだけに棲息する「ピョアン」という鳥。

投稿者:高嶋真志  2004.10.26

筋肉牧場 アメリカ#13

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 YosemiteFalls、SentinelFall、RibbonFallという、世界で落差の大きい滝ベストテンに入る3つの滝を見る。近所の奥さんの悪口とか、どうでもいいと思った。今Ahwahnee Hotelに滞在しているのだが、朝がとにかく気持ちいい。鳥や虫の声に、肌を心地よく刺激する張りつめた空気。足を前の椅子に伸ばし、テラスで本を読みながら飲むあたたかいカフェオレは、ワイナリーで飲むワインのように美味しい。カフェオレの本場とは「大自然の中」なのかもな、などと思う。

写真:展望台グレーシャー・ポイントより渓谷を眺める。

投稿者:高嶋真志  2004.10.25

筋肉牧場 アメリカ#12

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 Big Oak FlatからMercedという街を見学に行った後、ヨセミテに向かった。さすがに大自然の中だけあって、通信事情がそれほど良くない。ヤマザキハウス・ジャポンにもなかなかアクセスできず、今日ようやくネットにつながるカフェを見つけた。ヨセミテに着いてからは、一日$15のレンタルサイクルで走り回っている。キャンプをしているアメリカ人家族は本当に楽しそう。僕は今ここで、栄養たっぷりの風を受け、大地や空を満喫している。

写真:ヨセミテ国立公園を歩く。

投稿者:高嶋真志  2004.10.24

筋肉牧場 アメリカ#11

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 テツ等と別れた後Route580からRoute205を経由し、僕は深夜ヨセミテ国立公園近くのBig Oak Flatという小さな街に到着した。今夜はそこに一泊。そこまでのドライブ中にラジオから流れた特集がとにかく良かった。「Kabu-ki」というカナダ人の二人組がJapaneseFamousPopsをラップでカバーしたというアルバムの紹介だった。カーステレオから聴こえた2曲はラップバージョンのJ-WALK「何も言えなくて・夏」、城みちる「イルカに乗った少年」だった。『僕らは日本が好きなんだ。特にレスペクトしてるのは宅麻伸というアクターさ』このホントかウソか分からないコメント、彼らは日本人のツボを完璧に心得ている。最後の「このアルバムを『やまだかつてないWink』に捧げたい」という一言、そりゃー出てこないよ、と、ハンドルを握りながら感心した。

写真:Route580走行中に同走したお月さま。
紹介したアルバム:Kabu-ki「HINOMARU8」(アメリカでは'04,10/20発売)

投稿者:高嶋真志

筋肉牧場 アメリカ#10

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 とうとうこの瞬間が来た。サンフランシスコを発つ。こんなに辛いとは思わなかった。実はテツの家でお世話になっていた2週間弱、テツと良い仲のフランス人女性に相当お世話になった。これまでここに出すことも、名前も出すことも禁じられていたが、今日は出させてもらう、ゴメン。すごくシャイな女性だが、心も仕草もとても美しい。今日出発することを前もって決めていたので、まとめてテツ家で洗濯をさせてもらっていたのだが、外出から戻ると彼女は泣きながら僕のTシャツをたたんでくれていた。また僕は一人になり、ニューヨークへ向けて出発する。

写真:テツと彼女と別れのランチをした店近く、ユニオンスクエア。

投稿者:高嶋真志  2004.10.21

筋肉牧場 アメリカ#9

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 今日はOaklandやHaywardといったサンフランシスコ周辺の街を見に行った。車さえあれば、本当に暮らしやすいだろう街並みだった。せっかくなのでHaywardに車を置き、bartと呼ばれる電車でFremontまで足を伸ばす。政治的、治安的に見ればマイナス面ももちろんあるだろうが、さまざまな人種が集まっているからだろうか、アメリカという国がとても暮らしやすい環境に感じられる一日だった。夕暮れダウンタウンに戻り、「カキ王」という日系オイスターバーに行った。

写真:Pier39お気に入りのベンチから眺めるサンフランシスコ湾。

投稿者:高嶋真志  2004.10.20

筋肉牧場 アメリカ#8

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 今日は朝から車を走らせ、ゴールデンゲートブリッジを渡りSausalitoに向かった。高級住宅が建ち並ぶ海沿いの落ち着いた街だ。海の向こうにサンフランシスコのダウンタウンが見える絶景のスターバックスでコーヒーブレイク。オープンカフェに流れる乾いた海風にホッとした気分にさせられる。目の前に羽ばたくカモメや停泊するたくさんのヨットは、僕の冒険欲をやけにかきたてる。あぁ、このヨットハーバーから出航してみたい。昔日本郵船の船長をしていた曾祖父の血を引き継いでいるんだろう。広い空と大きな海を眺めながら、僕は自分のルーツに想いをはせた。

写真:Sausalitoに向かう途中に見えたゴールデンゲートブリッジ。

投稿者:高嶋真志  2004.10.19

筋肉牧場 アメリカ#7

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 昨夜、地元ラジオ放送局SDRのディレクターfredがスタジオに来て、一緒にレコーディングを行う。あまりの楽しさに気づけば翌日昼近く。Fredのアシスタントにテツ家まで送ってもらうと、僕のレンタカーが駐車違反になっていた。ここのところあまりに放っておいたから、怒っちゃったのかもしれない。DALY CITYにある警察署で罰金$120を支払う。帰りはテツにベトナム料理をおごってもらう。「ミャンチー」というトカゲのしっぽを唐揚げにして甘辛のタレと和えた料理が最高。お酒のつまみにぴったりだった。日本ではなぜかよく、中華料理店で出される料理だそうだ。制作した曲はミックスダウン後番組で流してくれるみたいだ。僕の日本語での唄がウケたみたい。

写真:駐禁をくらったテツ家そばの路地。

投稿者:高嶋真志  2004.10.17

筋肉牧場 アメリカ#6

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 頭も体もこちらの環境に完全に慣れた。そんなこともあり、あと数日でサンフランシスコを離れようと思う。今はテツ家の居心地の良さに甘えてしまっているが、まだまだ先は長いし。次に向かう街をボチボチ考えよう。今日は久々にテツとレコーディング。あと数日はサンフランシスコを見たり、レコーディングしたり、楽しく過ごそうと思う。

写真:僕の譜面にアレンジを加えているTetsuya。

投稿者:高嶋真志  2004.10.16

筋肉牧場 アメリカ#5

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 今日は朝からイマイチ気分が乗らなかった。特に何があったわけでもないが、爽快な青空にも気分は晴れなかった。テツはアトリエに行ったので、僕は街をぶらつく。ノブ・ヒルからヒッピー文化発祥の地ヘイト・アシュベリーへ歩いて向かう。今回初めて足を踏み入れた場所だが、ストリート南側に大きな公園が広がり、本などで読んだ印象よりも綺麗な地域だった。片っ端からレコード屋を見て回り、計25枚購入。この先お金が大切なのに、少々使ってしまった。疲れてストリート終点にあるケンタッキーで遅いランチ。帰りはチャイナタウンまでバスで移動。フィッシャーマンズ・ワーフに行き、しばらくピア39から海を眺めていた。アルカトラズ島やゴールデンゲートブリッジが見える。年を取ったせいか、数年前よりもサンフランシスコという街が少し小さく感じた。

写真:ヘイトへ向かう途中、目に入った標識。

投稿者:高嶋真志  2004.10.14

筋肉牧場 アメリカ#4

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 ナパでいただいたワインはとにかく美味しかった。ブドウが連なる広大な敷地にあたたかな太陽。そして、緑につつまれた歴史を感じさせる素朴な建物。日本のワイナリーのような観光感覚がなく、「ずっとこだわって造り続けてます」という雰囲気が心地よい。ここでも顔の広いソムリエのテツにいろんな人を紹介してもらう。その中の一人、テツのワイン&シガー仲間のJamesという男性に薦めてもらった3本の赤ワインを購入。その後ダウンタウンに戻り、カンボジア料理を食べる。サクランボを唐辛子とオリーブオイルに漬けた「スー・チー」という料理に初めて出会う。すごい、とにかく驚く味だ。日本にもあるそうなので是非お試しを。
 楽しいのでしばらくテツの家に居させてもらうことにした。明日はサンフランシスコの街をうろつこうかな。

写真:NAPA VALLEYのブドウ棚を歩く。

投稿者:高嶋真志  コメント (3)  2004.10.12

筋肉牧場 アメリカ#3

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 テツに連絡が取れなかった一昨日の夜は、サンフランシスコからサンノゼに戻り、HILL'S INNというMOTELに泊まった。ようやく電話がつながったのは昨日だった。16:00PM、テツのアトリエに到着。2年ぶりくらいにテツと再会した。俺は我慢したがテツは泣いていた。いきなりだったがその夜フィッシャーマンズ・ワーフでテツがストリートライブを行うとのことでついて行く。テツは6人組コーラスグループのヴォイスパーカッションを担当しているらしい。グループ名は「natural6」。意外とファンも多かった。サンフランシスコのRAGFAIRといったテイスト。僕は約90分のライブを楽しんだ。近くに立っていた黒人が「あいつには負けたよ」とテツのヴォイパを見てこぼしていた。明日はカリフォルニアワインの産地ナパヴァレーに、最近ソムリエの資格を取ったテツの案内で行くことになった。ちょっと疲れた、まだ時差ボケがあるようだ。

写真:テツが優雅に暮らすサンフランシスコダウンタウンの自宅。

投稿者:高嶋真志  2004.10.11

筋肉牧場 アメリカ#2

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 7:00AM起床。爽快な目覚めだった。温度は日本とさほど変わらないが、とにかく過ごしやすい気候だ。あったかいシャワーを浴びて、トムママ手作りのトーストで朝食。オレンジジュースやフライドエッグがやけに似合うシチュエーションだった。昼前には家族に別れを告げ、サンフランシスコに向かうことにした。太平洋沿いのRoute101を北へ、ゆっくりと車を走らせる。もうすぐサンフランシスコのダウンタウンに着く。テツに連絡をしてみようか。

写真:給油&この日記をアップした、サンフランシスコ手前のGreenfieldガソリンスタンドにて。

投稿者:高嶋真志  2004.10.08

筋肉牧場 アメリカ#1

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 いきなりだが、今日ロサンゼルスに到着した。これから数ヶ月かけてニューヨークに向かう。所々で日記をこの場に載せることにした。異国の香りが好きという強引な理由でこの欄を選択した。

 ロスの空港に着いたのは夕方。この先の日程は決めていないが、今夜のみ友人宅に泊めてもらう。空港で車を借りてRoute105を西へ。Route710に入り少し北上したところで、Maywoodというトムの住む街に着く。トムは僕のアメリカンスクール時代の同級生で、現在は年商1千万ドルクラスの会社社長だ。5年ぶりに再会した彼は、5kgほど体重を増やしていた。シャワーを借りてすぐにディナー。トムの現在の恋人、マーガレットの手料理をいただく。ケンブリッジ大学を卒業した彼女は、現在トムの片腕として働いているらしい。後ろに束ねたブロンズヘアがとても美しい魅力的な女性だ。再会を祝して開けてもらった赤ワインは40年物、6千ドルの代物だったが、ホントはビールが飲みたかった。夜コンビニにビールを買いに抜け出したが、身分証を忘れ売ってもらえず。今夜はおとなしく、15畳はあるだろうゲストルームで寝ることにした。

写真:トム家近所にある小学校の壁画。(卒業生が描いたらしい)

投稿者:高嶋真志  2004.10.07