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筋肉牧場 インド#最終回 さようなら

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 欲の中で生きてゆくのは大変で、他人のだけでなく、自分の欲もきちんと把握していなくてはならない。「キレイはキタナイ。キタナイはキレイ」というシェイクスピアの言葉のように、価値観は多様であり、感じ方も紙一重。欲は単に邪魔をする蠱惑でしかない。画家の東山魁夷は、自分の生き方の根底に「諦念(ていねん)」があったと記している。文字面で言えばすべてに対する“あきらめ”の念となるが、彼はこれを「一切の存在に対しての肯定」と解釈した。旅はさまざまな価値観の中でのこの部分ーー肯定することで、目の前が開けるーーを思い知らせてくれる。作家の森本哲郎は旅を「千里の旅、万巻の書」と改(解)釈した。旅をすることは万巻の書を読むことに等しい、と。「頑張る」や「こだわる」という言葉の源は欲である。もう帰国だが、望みだけは持ちつつ、生かされてゆきたい。決して欲ではなくて。

Thanks,
INDIA,NEPAL,THAI!
年越し8ヵ月の旅に、とりあえず休止符。

写真:夕暮れに振り返り「楽しかった」と思えるなら、相当に素敵だ。(カロン)

投稿者:高嶋真志  2006.01.07

筋肉牧場 インド#73

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 本能を取り戻す。旅や自然に触れると、自身のどこかが目覚めるのを感じる。程度に限度はあるが、台風を気持ちよいと感じるのも、非日常に触れ、本能が覚醒するからだろう。今回の旅は随分と長くなったが、その分、普段使ってこなかった思考回路や思想回路を動かせたと思う。まだ実感は無いが、旅の効能は帰国後に来ることを知っている。ゆっくりと時間をかけ、経験を咀嚼していこうと想う。非日常に触れ本能を思い出した人間は強い。戦後の日本とも言えるが、震災後の神戸と似て、プーケットから津波の痕跡は消え、今は人々の言葉から感じることのみとなっている。破壊はときに、生命にとり重要な進歩となる。

写真:観光の発展は良いが、質より量を目指してもらっては困る。(パトン)

投稿者:高嶋真志  2006.01.06

筋肉牧場 インド#72

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 色の濃さが目にいい。水の流れる音や、鳥の鳴き声も心地いい。僕はまだ、南にいる。

写真:艶やかな自然。(カタビーチ)

投稿者:高嶋真志  2006.01.04

筋肉牧場 インド#71

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 随分と長くなったが、今回の旅もそろそろ終わる。突如プーケットに足を運び、非常に良かった。意義のある暇な時間を過ごしている。観光に秀でた街だけあって、barの居心地はなかなか。ビールもスピリッツも、相当に美味しい。日本に帰りたく無くなった場合は、どうすれば良いのだろうか。

写真:カタビーチのbar。(プーケット)

投稿者:高嶋真志  2006.01.03

筋肉牧場 インド#70

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 考える時間が充分にある分、自己反省の時間がつづいている。しかしたまたま読んだ本に、「旅の効能は『井の中の蛙』を打ち消し、自己反省から生じるこれからの希望にある」という文字を目にし、大きくうなずいた。

写真:プーケット・ロブスター(プーケット,ノンフラッシュ)。

投稿者:高嶋真志  2006.01.02

筋肉牧場 インド#69

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 ひょんなことから、音楽が心地よく響く場所プーケットに来た。昨年の津波の面影はもう無い。客層はベストとは言えないが、ホテルやレストランの人々の良さは素晴らしい。しばらく腑抜けになる予定でいる。

写真:海もいいが、プールがいい。(プーケット)

投稿者:高嶋真志  2006.01.01

筋肉牧場 インド#68

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 帰国前に、タイの友人宅を訪れた。住まいは土地柄をあらわし、訪ねて楽しい。日本、中国、タイ、インド…等々、同じアジアでもまるで雰囲気が違う。これまで旅先で出会ってきた人たちはみんな今、何をしているんだろう。お邪魔したお宅はまだあのままだろうか。沢山の顔や風景が心に残る。一期一会は非常に苦手だ。

写真:立て床式から洋風建築まで、さまざまな家が存在する。(バンコク)

投稿者:高嶋真志  2005.12.26

筋肉牧場 インド#67

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 バンコクでは一切することがない。しかしインドから日本に帰国するにあたり、タイ経由だったのはいいクッションだったかもしれない。少しここで、心も体も休めておこうと思う。バンコクは休むに適した街とは決して言えないが、インドに比べれば充分に落ち着ける。ただやはり軽い観光者が多く、インドでは必ずしていたが、日本人同士で挨拶をすることはなくなった。思えばインドで出会った旅行者達は皆いつも読書をしており、なかなかに硬派な人間が多かった。バンコクにいる軟派な日本人を横目に、すでにインドが恋しくなっている。でも今一番行きたい国は、変わりなくニッポンだ。

写真:笑顔で遠くを見つめる。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.12.23

筋肉牧場 インド#66

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 4時間後に宿を出て、空港に向かう。“とうとう”なのか“ようやく”なのかは分からないが、インドを出国する時が来た。クリスマスに間に合わないかも知れないけれど、今はとにかく日本の空気が恋しい。これからバンコクにも数泊を要するが、できればスルーしてこのまま日本に帰りたい。そんなインドだが、どうしてもまた来たい。

写真:インド人デザイナーのファッションショーを見に行く。
   インド人女性モデルの美しさといったら恐ろしいほど。

投稿者:高嶋真志  2005.12.20

筋肉牧場 インド#65

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 カルカッタに戻ってきた。やはり宿泊はサダルストリート。そして今日、チョウロンギ通り沿いの航空会社に行き来週のバンコク行きのチケットを抑えた。もうすぐインドともお別れだ。旅の間ずっと日本を想い焦がれていたが、いざインドを離れるとなると寂しさどころか、一刻も早く自宅でくつろぎたいという気持ちばかりがはやる。でも日本で過ごしていると、またインドが恋しくなるから生きていて楽しい。なかなか大変だけれど、また挑みたい。

写真:モイダン公園内ヴィクトリア記念堂にイギリスの影響を垣間見る。

投稿者:高嶋真志  2005.12.16

筋肉牧場 インド#64

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 駅近のメインバザールに宿を移し、今は今夜のカルカッタ行きの列車を待つばかりである。デリーでは喧噪にやられ、高級ホテルのレストランなどにもお世話になったが、ナショナルミュージアムは強烈な印象として記憶に残った。しかし旅行者にとってデリーは、交通の中心でしかないのかもしれない。

写真:離れるとなると少し寂しい、過ごす毎に気分が滅入るメインバザール。

投稿者:高嶋真志  2005.12.13

筋肉牧場 インド#63

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 デリーからバスで南へ3hほどの場所にあるマトゥラーへ、4泊5日の小旅行をしてきた。クリシュナ神の生誕地とされ、ヒンドゥー教の聖地の一つとなっている。バラナシがシヴァ神なら、こちらは世界の守護神・ヴィシュヌ巡礼の中心地だそうだ。街の北部にはヤムナー河が悠然と流れ、ここでも沢山の沐浴風景が見られる。小さくゴミゴミとした街だが、デリーなんかに比べ相当に過ごしやすい。中心地から少し離れた小高い丘にある、ハンサムで有名なクリシュナ神の生誕地「クリシュナ・ジャンマブーミー」や、巡礼地「ヴリンターバン」などを訪れた。どちらにもサドゥー(聖者)、巡礼者、物乞い、牛、猪、犬、鳥…と、典型的なインドらしい風景があり、デリーに疲れていた僕にはありがたかった。週明けのカルカッタ(コルカタ)行きの列車、ラジャニー・エクスプレスの切符をとった。旅の終わりも近づいている。

写真:大モテで子供が18万人もいるらしい、クリシュナの生誕地マトゥラー。

投稿者:高嶋真志  2005.12.10

筋肉牧場 インド#62

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 コンノートプレイスにて、歌え踊れのハッピーものからしんみりしたサスペンスまでのインド映画を3本ほど堪能した。館内は扇風機がいくつか回るだけで、座っているだけで汗ばむ。インド人男性のシリアスな演技はなんとなく愛嬌があって可愛く、どんな悪役も愛おしく見えて笑えた。今日はその映画館からリクシャーで数分南に走った場所にあるナショナルミュージアムを見た。数千年の歴史を持つ仏像がゴロゴロと無造作に並べられている姿がインドらしく、懐の深さを感じた。最近テレビで、IT関連に携わるインド人のストレスについての報道が多く、このミュージアムの雰囲気を失わないでいて欲しいと感じた。

写真:ちょっと贅沢なティータイムを、インド庭園で。

投稿者:高嶋真志  2005.12.05

筋肉牧場 インド#61

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 24時間、常にうるさいニューデリー駅前のストリート、パハール・ガンジ(別名メインバザール)を離れ、ミドルクラスの大商店街Ajmal Khan Rd.に宿を移した。多少静かにはなったが、逆に夜などは人がいなくて怖い。メインバザールが新宿歌舞伎町なら、この一帯は横浜伊勢佐木町といった風情。デリーには洋食店が多くあるので食事のバリエーションは増えたが、やはりインド食の方が断然美味しい。右手を使っての食事もかなり上手になった。食べ物を手でいただくなんて子供の時以来だが、指をスプーン、フォーク、ナイフ代わりに使うと、食物が身体と一体化してとても気分が良くなる。この旅もはや7ヵ月が経過した。年内には一度、日本に戻ろうかと考えている。

写真:オールドデリーにある繁華街「チャンドニー・チョウク」。

投稿者:高嶋真志  2005.12.02

筋肉牧場 インド#60

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 お決まりになったチョウメン&レモンソーダでブランチ後、北上しオールドデリーに向かうことにした。まずは巨大なモスク、ジャマー・マスジッドへ。ニューデリー駅前から歩いて3kmほどの距離だが、細かな路地が多く迷いに迷い4回も道を尋ねた。優しいオヤジが途中まで一緒だからと、排気ガスとホコリ、人や動物の糞尿香がさわやかな道路を共に歩いてくれた。ジャマー・マスジッドに着くとその周辺は路店がひしめき、強烈な悪臭と混乱と高温多湿で弱りに弱った。迷い、弱った上にモスクへツーリストの入場時間が決まっており入れず、仕方なく壁により掛かり休憩。ほんの5分も休んでいなかったのに、その短時間に7人の男に話しかけられた。(ゲイではなくビジネス目的で。)ナンパされる女性の気持ちが少し理解できた。極度のストレスを感じ、1.5kmほどさらに北にあるラール・キラーというムガル帝国の城に向かった。モスク近くに立つ警官にラール・キラーへの行き方を尋ねたがおもむろに南を指さすので信頼せず、自らの判断で進んだ。そしてさほど迷わずに到着。ここは入場料を支払わないと入れないので、中では休めるだろうと思った。確かにゆっくりは過ごせたが、学生や子供たちが何人も寄ってくる。ただ物乞いではないので無下にはできない。「一緒に写真を撮って」「日本の歌を唄って」と、まるで芸能人になった気分だ。まったく休める場所がない。芸能人はさぞかし疲れるだろう。帰り道も何人ものインド人と会話をしながら宿に戻る。風呂は水しか出ないが疲れたので、久々にお湯をもらい、身体を休めることにした。

写真:ラール・キラーでは、読書を楽しむ時間がほんの少しだけ与えられた。

投稿者:高嶋真志  2005.11.29

筋肉牧場 インド#59

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 オールドデリーはもう少し後にして、ニューデリーを見てまわった。駅前でチョウメン&レモンソーダのブランチを済ませ、デリーで銀座のような扱いを受けるコンノートプレイス方面に足を運んだ。まずはインド門。パリ凱旋門に似たもので、周囲は芝生のキレイな公園となっている。蛇遣いやシタール演奏などのパフォーマーがおり、蛇遣いが実在することに感動した。喧噪に疲れこの芝生に来たが、今度は日射しに疲れリクシャーでガンジー記念博物館へ。ショックなのはガンジーが射殺された際に着ていた衣服の展示だ。彼に流れていた血液が、今もなお鮮やかな赤色を放っていた。博物館を出ると川沿いでは人の遺体を焼いている。東京で言えば、隅田川や多摩川の畔でおもむろに火葬しているようなものだ。宿への帰り道、青ざめた日本人とすれ違い「助けてもらえませんか」と言われた。事情を聞くと、映画館で可愛い子供にクッキーを勧められ食したら睡眠薬が入っていたらしく、現金、パスポートを根こそぎ持って行かれたらしい。日本大使館の場所を教え、彼は僕の同行を遮り歩いていった。インドにいるという実感に包まれた。

写真:インドゲート周辺には、上流階級の人々が憩う。

投稿者:高嶋真志  2005.11.25

筋肉牧場 インド#58

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 列車の故障でカイラハットという村で7時間の足止めをくらったが、深夜無事にデリーに到着した。メインバザールに宿を探したが、ここは極度の喧噪の街だと感じた。狭い、汚い、ウルサイ、クサイ、世の中の混沌がそのまま形になったような場所だ。人はたくさんいるのに、なぜかとても寂しさを感じる。とにかく空気が重いのだ。万有引力という物質と物質を引きつける力が存在するが、デリーではその力がとてつもなく強いように思う。それは人と人、人とモノ、人と自然、人と生物などすべてにおいてである。だからいるだけで体力も気力も消耗し、落ち着かない気分を味わいつづける。インドにはそれなりに滞在しているが、新しい街に行くたびに驚かされる。

写真:何もないが暮らしはある、カイラハットの村。

投稿者:高嶋真志  2005.11.22

筋肉牧場 インド#57

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 バスでマホバ駅に向かい、アラハバート経由でデリーに行くことにした。インドに入国して数ヶ月、ようやく首都である。しかし、下車したバスターミナルからマホバ駅までは歩いて1時間半ほどもあり、人の暮らしを見れたのは面白かったがバックパックが重く、猛烈に疲れた。その場で買おうと列車のチケットをとっていなかったため満員と断られたが、14時の列車に強引に乗り込み、人々に紛れ、トイレに近い踊り場に陣取った。車掌は優しく、正規代金を支払ったことで乗せてくれた。アラハバートは先日訪れたばかりで観光はしないので、今夜は駅前の安宿で一泊している。デリーへは明日夜の汽車に乗りたいが、まだチケットは取れていない。

写真:インドの車窓からの眺めは、見ていて本当に飽きない。

投稿者:高嶋真志  2005.11.19

筋肉牧場 インド#56

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 広くはないカジュラーホー村を巡り、西群、東群、少し離れた南群の寺院群を歩いて訪れ、各場所でリンガやシャクティ(性力)信仰を目の当たりにした。空港もある立派な都市だが村だけあって土色が優しく、その一方でバラナシ並に人が寄ってくるちょっと疲れる場所だ。今日は、20時以降リクシャーでの移動を禁止されているという、車で3時間の場所にあるオルチャ遺跡にまで足を伸ばした。車のチャーターも一苦労だった。ふっかけ具合がすごかった。宿の主人と5人のドライバーに値段を聞き、少し安めの金額で改めて交渉すると、ようやく寡黙なおじちゃんが了解してくれた。オルチャ遺跡とは18世紀末にムガル帝国に滅ぼされたバンデラ王国の都だったところで、こちらも相当に立派な建造物が残り、遺跡の規模も大きい。インドではまだ北部を少しなぞっているだけなのに、京都クラスの古都、遺跡が点在していることに改めて驚く。南下すればこれまで見た何倍もの過去の魂をさらに見ることができるのだ。インドは想像以上に広く、深い。今回の旅ではとても見切れないようだ。

写真:午後のオルチャ遺跡周辺。

投稿者:高嶋真志  2005.11.16

筋肉牧場 インド#55

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 カジュラーホーにあるヒンズー寺院の壁一面には、凄まじい数の天女像やミトゥナ像(男女交合像)の彫刻が並ぶ。男女の行為のさまざまな瞬間が塑像化されているが、決してエロティックなだけではない。神秘性に加えて、温泉地にある秘宝館のような微笑ましさも備えている。そんな場所だからか、ここではやたらとクスリをやっている人間が多い。もちろん日本人もだ。インド人にも日本人にもハッパを勧められたが、年も年だしやめておいた。

写真:怪しい空気が漂う、博物館の裏路地。

投稿者:高嶋真志  2005.11.13

筋肉牧場 インド#54

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インディアン・レイルウェイのサトナー駅で下車し、そこからバスに5時間揺られ、深夜、カジュラーホーに到着した。ここの見所は多くのヒンズー寺院と男女や男女の営みを描いた彫刻にある。早速明日から見てまわろうと思う。先ほどリクシャーに紹介された宿に入ったら、ネパールの山で会った日本人男性とすれ違った。非常に驚いたが彼の愛想があまり良くなく、挨拶だけで部屋に戻った。

写真:インドの車窓から。

投稿者:高嶋真志  2005.11.09

筋肉牧場 インド#53

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 先に述べた、ガンジス河、ヤムナー河、目には見えないサラスヴァティー川の3つの河が合流するポイント、サンガムに行ってみた。サンガムを中心として悠大な河の周囲には雄大な草原が広がり、すべてを覆う少し煙った大空の下には象・牛・羊・猪・鳥・犬…そして、人人人…がひしめきあう。路上には病気の人やバクシーシ(喜捨)を強請る人も多く、日本では考えられない、非常に混沌とした光景が流れていた。パワースポットなのかどうかは分からないが、いろんな命を引き寄せる強い磁力を発していることは確かなのだろう。サンガムの方が、バラナシよりも強烈に人を寄せている気がした。夕食は河原で知り合ったインド人カップルと共に、久々にマトンカレーとタンドリーチキンを食した。磁場が強いせいか、楽しいけれど、この街は何となく落ち着かない。そろそろカジュラーホー経由で、インドの首都デリーに向かおうと思う。

写真:アラハバードの狭く入り組んだ商店街を行く。

投稿者:高嶋真志  2005.11.07

筋肉牧場 インド#52

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 バラナシから列車で西に3hほどの、アラハバードに到着した。「神の住む場所」を意味するこの街は、かつてヒンドゥーの四大聖地の1つとされていた。イギリスの植民地時代が長かったせいかほどよく街も整備され、インドの喧噪と西洋の空気感が合わさった前向きな明るさを感じる。街の北を流れるガンジス河と南側のヤムナー河、さらに伝説で地下を流れているというサラスヴァティー河の3つの河が合流する「トリヴェニー・サンガム」と呼ばれるポイントがあるらしく、そこで沐浴すると過去の罪が清められるらしい。沐浴はしないつもりだが、そのポイントは見に行きたい。

写真:もうすぐアラハバード・ジャンクション駅。

投稿者:高嶋真志  2005.11.03

筋肉牧場 インド#51

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 バラナシに戻ってきたが、過ごしやすかったポカラとの差が激しく、食事に出ることすら苦痛に感じてしまっている。ノらない気分の自分をなんとかしようと街を離れ、オートリクシャーで片道2時間ほどの国立公園に自然を見に行った。そこでの時間は気分もいくらかラクになっていたが、宿周辺に戻ると再びネガティブな気持ちに支配され、原因は分からないが自己嫌悪に苦しめられつづけた。読書で気を紛らわせようと試みるも失敗。今は開き直る方向で調整している。

写真:国立公園に行く途中に見つけた、古代のお城。

投稿者:高嶋真志  2005.11.01

筋肉牧場 インド#50

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 ヴィザの期限をフル使い、ネパールを出国した。国境は何もないところだけれど、不思議とその無風状態がロマンを感じさせる。日本に住んでいると国境など考えもしないが、大陸では国が隣り合っているのだ。僕は日本国の旅券を持ちヴィザも取得しているからすんなり行き来ができるが、世の中にはこの数メートル先の場所へ、境を越えられない人々も沢山いるのだ。そう思うと、悲しい気持ちになる。日本が東西に分断され境ができて、知人や親類に会えなくなったらどれだけ辛いか。世界中を自由に往来できる、日本国のポジションには感謝したい。が、そもそも国境云々よりも、幾種の生命が存在する中、人間だけが勝手に土地を所有しているのはおかしい。そんなことを考えさせられる国境は、読めぬエネルギーを持った不思議な場所だ。

写真:ネパールからインドへのイミグレーション。(スノウリ)

投稿者:高嶋真志  2005.10.29

筋肉牧場 インド#49

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 いよいよインドに戻る。今回もバスで国境を越えることにした。昨夜はダムサイドのネパール料理店で、ポカラで知り合った友人や宿の従業員達が送別会を開いてくれた。お店で郷土料理をいただいた後は、湖の畔で星空の下、焚き火を囲んでの大飲み会。ロキシーという日本の焼酎に似た濃いお酒をグイグイとストレートで飲まされる。焼酎系は苦手なのだが、もはや断ることなどできず、踊りながら、大笑いしながら一気しまくった。流行のインド映画のアップテンポなテーマソングが静かな湖畔に爆音で流さる中、誰もがロキシーを片手に陽気に踊っている。僕はかなり酔ってしまい、冷たい湖水で顔を洗い、満点の星空、夜空にそびえる巨大な白山連峰、深遠な湖の息吹に麗重な空気、そして楽しそうな人間達を、大木に寄りかかりしばらく遠巻きに眺めていた。燃える薪を湖に向かって投げると、湖面に炎が反射して2つの弧が描かれ、一つになったかと思うとジュッと暗い水に溶けていくのが面白かった。

写真:絶景を見納めに、サランコットの丘へ。(ポカラ)

投稿者:高嶋真志  2005.10.27

筋肉牧場 インド#48

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 数日かけて、自転車でポカラ周辺の村、山、湖をまわってきた。夜になると冷えるが、太陽の出ているうちは日本の初秋のように心地がいい。同じ水なのにミネラルウォーターにもさまざまあるように、別の場所との空気の違いを身体の全機能で体験したようだった。マヘンドラ鍾乳洞、バグルン村、タンセン村などを連峰を眺めながら自転車で巡る。タンセン村では結婚式にお葬式、そしてカラフルな粉を塗り合うユニークなお祭りに参加させてもらった。僕の腕時計は相変わらず同じペースで時を刻んでいるが、体感時間経過速度はこれまでに経験したことのない、ゆっくりとした、優雅なものだった。いつかまたネパールに来たいという気持ちを抱きながら、インドに戻ることにした。

写真:アホみたいな写真だが、自転車のペースも早く感じた図。(ネパール)
*奥は雲ではなく、山々です。

投稿者:高嶋真志  2005.10.24

筋肉牧場 インド#47

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 ネパール王国の首都、カトマンズにバスで向かおうと思っていたのだが、「危険だからやめろ」「今はわざわざ行かない方がいいよ」などさまざまな言葉をもらい、このご時世、行くのを断念することにした。4年前に行ったときにはそれほど危険を感じる街では無かったが、今は政治がらみで多少混沌としているようだ。というわけで、時間をもてあましている。次どこに行くかまだ決心が付かないので、変わらぬバザールの景色やゆっくりとしたレイクサイドでのティータイム、そして近場の自然に触れながらの読書など、ポカラでの時間を十二分に楽しんでいる。インドに戻るか、ネパールの別の街に行くか。空と、清澄な空気に導かれて行こうと思う。

写真:連峰とポカラの街を一望するサランコットの丘への歩み。(ポカラ)

投稿者:高嶋真志  2005.10.18

筋肉牧場 インド#46

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 ポカラに帰ってきた。このトレッキングで随分と日に焼け、身体も鍛えられた気がする。自らの足で地を踏みしめてさまざまな事象を体感するのは本当に楽しかった。いつか、登山にも挑戦したいという気になった。登山と言えば、ベースキャンプでシェルパの人と話をするができたが、生活のために雇われ、危険の中荷物を担がされ、という彼等の現実に驚いた。労働は種を問わず厳しさを伴うのはもちろんだが、どうも途上国を旅していると、人間を苦しめる元凶は資本主義にあるとしか思えなくなってくる。山歩きの原則と同じく、世界的規模で人間として「視線を遠くに置きながら、足下を見据えて進んでいく」ことが必要だと感じた。

写真:幾多の筋肉痛を乗り越え、もうすぐ登山口に戻る。(ネパール)

投稿者:高嶋真志  2005.10.15

筋肉牧場 インド#45

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 10日間ほど山を巡り、ダンプスまで戻ってきた。360度をそびえ立つ尾根に囲まれる傾斜の厳しい細道を歩きつづけ、空を間近に感じながらチョムロン、マチャプチャレBC(ベースキャンプ)を経由し、標高4,130mのアンナプルナBCにまで足を伸ばした。飛行機からの眺めのように太陽が目前に見え、山々や雲海が目下に広がる絶景を、息を切らしながらも楽しみつつ山道を登った。途中、バッティと呼ばれるネパール風の小屋に宿泊しながらさまざまな国のさまざまな年齢のトラッカーと会話し、景色だけでない、トレッキングの素晴らしさをも実感できた。宿も食事も至って質素だが、毎夕食後の焚き火を囲んだカフェタイムが素晴らしかった。暗闇でも白く光る巨大な連峰と星々を眺めながら飲むあたたかいコーヒーが、インスタントながら絶品に思えた。3日前の深夜、チョムロンからアンナプルナBCまで共に歩んできた若いスイス人夫妻と壮大な星空の下コーヒーを飲んでいたら、UFOが飛んでいた。

写真:標高7,454mを誇るガンガプルナの頂きを望む。

投稿者:高嶋真志  2005.10.13

筋肉牧場 インド#44

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 星空に突き出る白い山々。屋上から見渡す夜の景色は「畏怖」という言葉がふさわしいほどに静かで巨大で、映像、もしくは造り物を眺めている錯覚に陥ってしまう。今日から1週間ほどの時間をかけ、その迫力ある連峰を近くで見ようとトレッキングに行くことにした。昨夜は宿の主人の紹介でタシリン・チベット村の家族に泊めてもらい、今日はフェディー、そしてダンプスを目指す。まずは朝7時、村からバスで1時間ほどの登山口に向う。いよいよトレッキングの始まりだ。歩き始めて数分にもかかわらず、景色に驚かされる。どこまでもつづく山道、振り返れば登山口がはるか下に見え、周囲の山肌も遠く目下に望める。適度に涼しい気候で歩きやすいが、日射しは強烈で長袖に帽子が手放せない。急で狭い石階段を数時間歩き、午後、クタクタになりつつダンプスに到着。山の中腹に突如現れる小さな村だ。第一印象は「このような場所に人が住めるのか」という思いだった。ポカラなどの街と陸続きながら、孤島と呼んで差し支えないほどの地理条件だ。村中心の学校では授業が行われており、小さな子供たちが走り回っている。その真横では、大人たちが牛を解体している。いろんな生活がある。

写真:小高い丘からダンプスの村を眺める。(ダンプス)

投稿者:高嶋真志  2005.10.03

筋肉牧場 インド#43

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 ポカラの朝は快く美しい。日本の商店街にある古いパン屋のような、近所のジャーマンベーカリーでパンとコーヒーを購入し、遠く山々を眺めながら毎朝食ホテルの屋上で時間を過ごしている。少しあたたかくなる午後には自転車で寺院、博物館や湖、夕方にはバスの天井に乗り、オールドバザールで屋台を楽しむのが日課となった。寺院はチベット色が強いながらもインドの薫りもただよい、ここが両国の中間であることを感じさせてくれる。ディナーにはスノウリからのバスで一緒だった日本人5人で、この旅はじめての日本料理店に行ってみた。素材への不満感はあるものの、久々のカツ丼を堪能した。ビールに加えつまみにはモモという美味しいネパール餃子を注文し、改めて何から何まで過ごしやすい場所だと実感した。

写真:デートスポットと言われる15km離れたベグナス湖に自転車で。(ポカラ)

投稿者:高嶋真志  2005.09.27

筋肉牧場 インド#42

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 スノウリで同宿したシュウサクという同い年の日本人と、部屋をシェアすることにした。ヒマラヤ山脈の一部、アンナプルナを一望できる部屋に投宿し、ポカラでゆったりとした時間を過ごしている。静かで、空気が綺麗で、人は親切で、ネパリーフードも美味しくて。さらにリゾートを感じさせる場所と大自然が同居していて、心が洗浄される。昨夜、ネパールレストランに行った帰り、宿近くの民家の庭先で、小さな姉弟2人がギターを触って遊んでいた。眺めているとテレくさそうに微笑みを返してくれた。「何か弾いてよ」と話すとさらにテレくさそうに「できないよ」。「貸してごらん」。ちぐはぐなチューニングを合わせ、「はとぽっぽ」を教えてあげた。「ポッポッポ」の発音が、2人して「プォップォップォッ」だったのが可愛すぎて困った。

写真:アンナプルナを望む。(ポカラ)

投稿者:高嶋真志  2005.09.23

筋肉牧場 インド#41

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 一泊するスノウリでネパールのヴィザを取得し、今朝無事に入国。昨夜は日本人部屋に入れられ、見知らぬ日本人8人と共に宿泊させられた。その中にインドには似合わないお嬢様風の女子大生2人がいたが、その無愛想な2人は除いて男6人で夕食に。久々にお店でビールを注文した。翌日は9AMに出発。10時間のバスでポカラに到着した。バス停に着いた瞬間のホテルの客引きの数には参ったが、ネパールの第一印象はインドとは180度違う意味の「天国」だった。なんて居心地の良い…。ヒマラヤ山脈を望むこの街はレイクサイドとダムサイドに区別されており、どちらも静寂と自然の空気感に包まれている。人も優しい。騙そうとする人の多いインドの意識でいては、もういけない。純粋で笑顔のキレイな人々だ。今朝の入国時、国境のネパールサイドでバスの中1時間ほど待たされていると、子供が1人バスに乗り込んできた。その男の子は突然唄い始めた。「レッソム・フィーリーリー♪」。物乞いの子供だが、民族歌を唄う声の美しさにはとにかく驚かされた。感動したのでいくらか渡したかったが、その前に彼は戻ってきた運転手に放り出されてしまった。

写真:国境にはいろんな文化が融合している。(スノウリ)

投稿者:高嶋真志  2005.09.21

筋肉牧場 インド#40

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 別れの切なさは、少し落ち着いた頃にやってくる。スノウリに向かうバスが半日以上遅れ、結局今日の朝早くにバラナシを立ち、先ほど国境に到着した。バラナシには珍しく長期滞在したので、その分想い出も増えていたようだ。「早く別の場所に行きたい」とばかり思いこんでいたが、いざ出発になるといろんな人が僕の部屋を訪れてくれた。「また会おうな」「元気でね」「僕はここにいるから、また来ておくれよ」。現地のインド人や同じ境遇の旅人など、さまざまな人と出会い別れた。行きつけになった定食屋の店員や、ショップの売り子、街角やガートをうろつく子供や物乞いたち。僕がいなくなった後も、ここでは同じ光景がつづいてゆくのだと思うと、「時間は誰に対しても平等に流れている」という言葉が実感できる。これからの日々がさらに楽しみな分、いろんな寂しさはしっかりと乗り越えていきたい。

写真:バス乗車前に「また来ます」と日の出のガンジス川に挨拶。

投稿者:高嶋真志  2005.09.18

筋肉牧場 インド#39

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 いよいよ明日、ネパールのポカラに陸路で向かう。さきほど国境の街スノウリ経由ポカラ行きのバスを予約した。1泊2日の行程である。カトマンズから再びインドに戻る予定だが、しばらくはインドともお別れだ。すごく疲れる国で日本が恋しくなることも多いけれど、離れるとなるとなんか寂しい。苦楽が多ければ多いほど、いろんなことが印象深く心に刻まれる。死ぬ瞬間には何を想い出すのだろうと、河の音と夜空に触れながら、自分の過去をさかのぼってみた。

写真:遺体は撮影できないが、ガンガー沿いの火葬場(ガート)を望む。

投稿者:高嶋真志  2005.09.16

筋肉牧場 インド#38

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 いろんな旅行者友達ができた。僕が男性だからかもしれないけれど、女性の方が気楽に、気さくに話しかけてくれる。インドには酒場がほぼ無いから残念だけど、道ばたでチャイを飲みながら話しているのも面白い。1人でこの国に来ている女性は結構多く、そんな人の話はとても痛快だ。見た目はそんなに強くはないのだが、とてもたくましくインドの喧噪と人の津波を乗り切っている。フランス、イギリス、中国の女性にいろいろ話を聞かせてもらったが、彼女たちの故郷にも行ってみたいと強く感じた。

写真:インド映画を見に行った。

投稿者:高嶋真志  2005.09.13

筋肉牧場 インド#37

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 バラナシ大学などを見学に行った後、ガートをのんびりと歩いて帰った。相変わらず暑く、日射しも痛いほど。焼かれる遺体を眺めながら、力強い大河を眺めながら川沿いのホテルに戻った。夕暮れ時ながらまだ暑い。ふと思い、再び沐浴をしに行くことにした。汗をかいたままの身体で、夕日を浴びつつガンガーに潜る。周囲が夕食の準備で賑やかになる中、花やお香を抱き祈りを捧げる人に混じりひと泳ぎした。肌を包む水の感触は、本当に誰かにあたたかく包み込まれているようだった。前回の沐浴では川縁の藻にすべり転ぶ失態をおかしたが、今回はいかにも常連のように振る舞えた。

写真:美女であるガンガー神に甘える。

投稿者:高嶋真志  2005.09.09

筋肉牧場 インド#36

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 ネパール行きまでしばらく時間があるので、バラナシからミニバスで30分ほどにあるサールナート(鹿野苑)という場所に行ってきた。ブッダがはじめて説法を行ったという仏教徒の聖地、初転法輪(釈迦がはじめて説いた教説)の地である。釈迦は僕も先に訪れたブッダガヤーで悟り、バラナシに行く途中にこの場所ではじめて説法を行ったのだそうだ。そう聞かされるとさぞ“聖地”なんだろうと思いこんでいたが、実際はとても小さな場所で、公園内にストゥーパと呼ばれる仏塔と遺跡がいくつか残るばかりであった。でも、世界の中でも有数の聖地なのである。目に見えてすごいものがだけがすごいのではないのだ。本当に強い人は、普段、優しいように。

写真:熱心な信者が行き交う。

投稿者:高嶋真志  2005.09.07

筋肉牧場 インド#35

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 インドを行く旅人の足跡を感じさせる場所が各街に存在する。古本屋である。インド安宿街の古本屋にはいろんな国の本が置いてあり、ボロボロではあるが本も旅していることを気づかせてくれる。旅人が運び店に置かれ、またどこかへ連れられてゆく。アジア系の旅行は一見貧乏に見られがちだが、精神はまったくそんなことはないのだ。滞在中のバラナシ中央部にある市場にも、旅人用の古本屋があった。ガイドブックから小説までさまざまな日本語が並ぶ。多いのは西村京太郎、赤川次郎。森鴎外や太宰治などの文学も置かれる。店内でビリーというタバコを吸いながらメルヴィルの「白鯨」を読むフランス人を横目に、何かと交換してもらおうとドストエフスキーの処女作「貧しき人々」を主人に渡した。中庭を隔てた同じアパートに住む中年の下級貧乏役人と、身寄りのない薄幸の少女の書簡(交換日記に近い)のやりとりを綴った小説である。この本はカルカッタでインドを旅する若い日本人にもらったもの。彼はすでに1年近くインドにいるらしく決して身なりもキレイとは言えないが、自分なりに悩みながらモノを考え感じているようだった。集まる物乞いの子供たちを見ていても、“貧しい”という言葉が何を指し何を意味するのか、この国を歩いていると分からなくなる。本は結局交換してもらえず、江戸川乱歩を購入して、店を出た。

写真:祈りの先を突き詰めると、自分に還る。

投稿者:高嶋真志  2005.09.05

筋肉牧場 インド#34

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 いつ来ても空気の重い、バラナシに戻ってきた。夜明けとほぼ同時に駅に到着。先日と同じガンガーほとりのアショカホテルに泊まろうとリクシャーに乗った。駅から宿までの距離はだいたい頭に入っていたが、30分以上経ってもまだ着かない。「はじめて降りた駅だから、俺の勘違いか」と思うも、どうも怪しい。ペダルを漕ぐオジちゃんに「まだか」と問うと、インド人お決まりの返事「ノープロブレム」。まぁいいかと思ううちに1時間経過した。「おい、どこに向かってるんだ、アショカホテルだぞ」「あと5分くらいで着くよ」。確かに5分ほどで「着いたよ」とジジイの声が聞こえたが、目の前のホテルの看板にはどう見ても「YOGI LODGE」と書いてある。「俺が行きたいのは…」と言いかけたところでホテルのオヤジが中から飛び出してきた。「ようこそ、さぁさぁ入って」。プチンとはじけた。「ふざけるな」。そんな怒りもリクシャーのジジィの弁明で吹き飛んでしまった。ホテルのオヤジを指さし「彼の名はアショカって言うんだ」。思わず日本語でつぶやいた。「面白いじゃん」。しかし笑って許すわけにはいかない。「看板にアショカと書いてあるホテルに行ってくれ」。30分ほどその場で言い合い、さらに1時間をかけて、目的のホテルに到着した。すでに時刻は、ランチタイムに近づいていた。

写真:車窓からの日の出。

投稿者:高嶋真志  2005.09.01

筋肉牧場 インド#33

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 「プル」という地名は「城壁の中の街」を意味すると前に書いたが、本日またプルのつく街、ジョードプルに来た。バスで10時間をかけ、早朝にのんびりと到着。夜行のバスだったため、田舎道を走る途中、牛の糞を壁材に利用する家々の明かりが列車からよりも身近に見え、地平線と大地と星の中で暮らす人々の生活をより深く肌で感じてみたいと思った。早速岩山の上にそびえる大きな城、メヘラーンガル砦に行ってみた。何色でもいいのだが、前回までの赤・ピンク・白とされる街の色に対し、ここはブルーシティと呼ばれている。街中では分からなかったが、高台のメヘラーンガル砦から市内を望むと全体が確かに“青”に見えた。街に色があるというのは、よくよく考えると不思議だ。日本に色のある都市は無いだろう。自然素材でなく、人工素材でしか文化を感じられない、または文明を誇示できないと思いこむ貧困な頭脳を有するウィルスが、これまで活躍しすぎたのかも知れない。しかし、そのウィルスも年々消えつつある。遠くインドから日本を眺めていると、そう感じる。

写真:陸路でネパールに向かうため、バラナシ行きのチケットを予約。

投稿者:高嶋真志  2005.08.29

筋肉牧場 インド#32

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 ジャイプルから12時間南に列車で揺られ、ウダイプルに到着した。シティ・パレスを中心にファテー・サーガル湖とピチョラー湖の2つの大きな湖があるヨーロッパの古都のような雰囲気の街で、アーグラーの赤、ジャイプルのピンクに対し、ここは白い建物が多くホワイト・シティと言われる。これまで通ってきたインドの街とは違い、多くの建物がお金をかけて建てられた感があり、決して富豪の印象はないが、数多く目にするシャンデリアや白い建物そして大きな2つの湖が、ここに住む人々のいろんな意味での安定度を示してくれる。宗教よりも、歴史や文化の薫りが強い。過去の時間の中で過ごしている気分になる。

写真:ウダイプル・シティステーション前のリクシャー・ターミナル。

投稿者:高嶋真志  2005.08.26

筋肉牧場 インド#31

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 デリーから電車で4時間ほどの南に位置するジャイプルは、1782年にジャイ・スィン2世によってつくられた。王の名と「城壁に囲まれた街」を意味する「プル」の単語が合わさりその名となった。アーグラーが「赤い街」と言われるのに対しここジャイプルは「ピンクの街」と称され、確かに街全体が濃いピンクに見える。観光スポットといえば風の宮殿とジャンタル・マンタルと呼ばれる天文台、それにミュージアムだが、それらはすべて1日で回れてしまうほど。わざとのんびりと、2日を掛けゆっくりとそれらを巡った。空気感はやはりインドであるが、ここは比較的裕福な街に映る。アーグラーとジャイプルでは、「サービス」という言葉が通用しそうだ。

写真:色鮮やか。

投稿者:高嶋真志  2005.08.22

筋肉牧場 インド#30

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 正午発のバスでジャイプルに向かっている。インドの列車からの景色は風景画のようでいつまでも見ていたいと感じるほどだけれど、今回はあえてバスという手段を選んだ。アーグラーからはだいたい7時間ぐらいかかるらしいが、今、3時間ほど走った所でエンジン不良とかで足止めをくらっている。急がない上に一人で気楽な僕には、こんなハプニングも面白い。近くにあるレストハウスで待たされていると、見たことのある日本人の姿が目に入る。中学の同級生と彼の友人がその場所にいたのだ。驚きと共に声をかけると、彼も相当なリアクションを見せてくれた。彼等は僕とは逆にアーグラーに向かう所だそうだ。卒業以来会っていなかったが、すごい確率での再会を果たした。日本ですれ違うことすらないのに、こんな異国の、しかも観光客が極めて少ない小さなレストハウスで偶然会うなんて。もしこれが女性だったりしたら「奇跡の出会いだ」などと運命を感じていたと思う。

写真:ケイくんとその友人。

投稿者:高嶋真志  2005.08.19

筋肉牧場 インド#29

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 赤い城、アーグラー城を見に行く。1565年にできたこの城は赤砂岩で造られており、ただでさえ茶色い街並みをさらに土色に感じさせる演出をしているよう。今は城のハード部分のみが残る観光用の場所となっているが、木々などの緑も豊富でリス、サルといった動物も住み着いている。そんなこんなで、この地で見るべき場所を見尽くしてしまい、そろそろ静寂にも飽きてきた。次はどこに行こうかとガイドブックを見ながら考えている。できればこの旅で、ネパールにも入りたい。交通手段次第だが、あまり考えずにフラフラと導かれて行こうと思う。

写真:別名レッド・フォート(赤い城)のアーグラー城内。

投稿者:高嶋真志  2005.08.17

筋肉牧場 インド#28

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 アーグラーにはタージ・マハールとレッドフォート(アーグラー城)の他、これといって楽しい場所があるわけではないが、控えめな雰囲気の街で、数ヶ月ぶりに静寂を感じながら時間を過ごしている。静寂ついでに、より「静」を感じようとキータム湖鳥類保護区に出かけてみた。風の音と緑のにおいしかない大自然の残るこの場所は、アーグラーの北西32km、オートリクシャーでだいたい1時間ほどに位置している。相変わらず痛いほどの日射しだが、涼しげで懐かしい気分にもなる湖の景色と、さらりと吹き抜けてゆく風がとにかく心地よい。鳥がメインのこの場所だが、あまり興味がないので自然ばかり見ていた。帰り道、僕のリクシャーに突然90歳以上であろう老紳士が乗り込んできた。どこかまでただ乗りというわけだ。気楽な国だ。その老人は僕の右手をとり、手相を見始めた。言語が分からず内容はまるで理解できなかったが、彼の話ぶりと運転手の反応から推測すると、決して悪い内容ではなさそうだ。彼の判定を聞いてみたかった。老人の発した一言に驚きの目で反応した、ミラー越しの運転手の瞳が忘れられない。

写真:大理石でできた巨大な墓「タージ・マハール」。

投稿者:高嶋真志  2005.08.15

筋肉牧場 インド#27

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 列車が5時間遅れ、明け方にアーグラー・カント駅に到着した。早朝は肌寒く、駅前であたたかなチャイを飲んでいると、オートリクシャーのドライバーが「どこに泊まるの?」と話しかけてきた。「今から探す」と答えるといろんなオススメ宿を紹介してくれ、予算とパンフで見た印象でいくつかの宿をまわってもらう。道中景色を見ていると、アーグラーはインドの中でも割と落ち着いた雰囲気の街だと感じた。どの宿もそれなりにキレイで安心できたこともあり、「ここでちょっと息抜きしよう」と4つ星のホテルにチェックイン。ドライバーがいいヤツで、荷物を置いた後オートリクシャーを運転させてもらった。しかし僕が運転をしている間中ヤツは僕に寄り添い、肩を組んでいた。最初は親しみのある人、と思っていたがどうも違ったようで、ターバン&ヒゲの男性に淡い恋心を抱いていただいたようだ。夜の食事のお誘いは、断らせてもらった。

写真:結婚の行列に出合う。

投稿者:高嶋真志  2005.08.12

筋肉牧場 インド#26

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 これからバラナシを離れ、夕方の列車でアーグラーに向かう。今日はAM5:00に起き、祈りを捧げる人々に混ざりガンジス河で沐浴をした。決してキレイではないが、あたたかく優しい水だった。全身を本当に何かでくるんでもらっているような感覚だった。潜って水中で目を開けると、一面緑の世界。ここまでガンガーに浸っている日本人は珍しいのか、たくさんのインド人がここでも寄ってきた。子供たちにせがまれ、飛び込み距離競走ゲームも強制された。部屋に戻ると目が真っ赤になっていたが、目薬ですぐに治る。もう一度ガンジス河に包まれたい。

写真:沐浴後、部屋から泳いだ場所を眺める。

投稿者:高嶋真志  2005.08.10

筋肉牧場 インド#25

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 騙そうとしているのか分からないが、バラナシには物を売ろうと話しかけてくるインド人がやたらと多い。どこにでも物売りはいるが、体質が他とはちょっと違う。どこかに“連れ込もう”とするのだ。「ウチは政府公認のお店だ。安心して見に来てくれ」という言葉を、ここ数日でフタ桁は聞いている。その中でもシタールやタブラなどの楽器には興味があったので、試しに見に行ってみた。路地をさんざん歩かされたあげく、楽器などまるでない家の中に通され、人気ない一室でしばし待たされた。サリーを着た若い女性がチャイを持ってきてくれたが、何分経っても肝心の楽器が出てこない。「とにかく楽器を見せろ」と言うも、「今見せるから」とひたすらカーペットや置物ばかりを見せてくる。出されたチャイにも疑問を感じたので口を付けずにいると、5人の男たちが次々と現れ「このROLEXは本物だ」「このシルクは日本で百万円はする」などと売り込んでくる。もう、笑えた。しつこく引き止められながら店を強引に出ると、出た途端に次のインド人が話しかけてくる。「どこ行くの? ウチの店見てってよ」「いや、美術館に行くんだ」。あまりにしつこいので喫茶店に入ると、テーブルにまでついてきた。兄さんは結局美術館にまでついてきて、いちいち美術品の歴史をガイドしながら「僕たちは友達だよ」と何度も僕に言う。たくさんガイドしてくれた帰り道、彼は「僕たちは友達だよね。ちょっとお店見てってよ」と数十分もねばる。「僕たちは友達だろ。友達をそんな風に扱わないでくれ」とこちらもねばると、彼は一言「負けたよ」と笑顔になり、握手をして別れた。数時間後ガートを歩いていると、その兄ちゃんが日本人旅行者の女性を連れて歩いていた。僕を見た彼は陽気に寄ってきて、「お店寄ってってよ」と無邪気なジョークを飛ばした。悪い人ではないのだろうが「女性一人でついていくのは危険だよ」と彼に分からない日本語で彼女に伝えた。

写真:夜のガートの空気感は、文字にできない。

投稿者:高嶋真志  2005.08.08

筋肉牧場 インド#24

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 人間の遺体を、一日に何度、目にしているのだろう。ガンジス河に流されるのは、不慮の事故や幼少で亡くなった人、またヘビに噛まれて亡くなった人の遺体だ。壮大な河の流れに包まれて、彼等もゆっくりと別の世界へと進んでいくのだろう。ほとりで焼かれるのは、天寿を全うした人の遺体。誰かが亡くなると、家族は煌びやかな布でくるみ担架に乗せ、楽器をならしながら街中を練り歩く。その後河のほとりに何十箇所とあるガート(堤)と呼ばれる火葬場に運び、火葬するのだ。ガートには24時間絶えず数分ごとに遺体が運ばれ、まるでキャンプファイヤーのように組んだ木の上に遺体が置かれ、目の前で身体が焼かれ崩れていく。焼け残った人肉は犬や牛がついばむ。大人の身体は平均3時間で灰となるそうだ。ちなみに以前は「鳥葬」というものがあり、文字通り遺体を鳥(ハゲタカ等)に食べさせて残った骨を埋葬するという習慣もあったが、衛生上の問題で現在は法で規制されたようだ。火葬される遺体はガンジスほとりでの儀式が終わると焼かれるが、現在はこの儀式に女性の参加は禁止されている。悲しんだ妻が火の中に飛び込んでしまう例が絶えなかったかららしい。目の前で焼かれ灰になり河に流されていく人々を眺めていると、人間のはかなさを感じながらも、これが人間本来の自然な還り方なんだと強く感じる。バラナシに来て、死ぬことは決して怖いことではない、また決して悲しいだけのものではない、と学んだ。

写真:夜明けのガンガー。

投稿者:高嶋真志  2005.08.05

筋肉牧場 インド#23

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 列車でこの街を訪れると、必ず体調を崩す。ボロボロの貨物列車のような寝台列車の夜は寒く、厚着をしていても、風の吹き抜ける一晩が身体にこたえるのだ。ヴァーラーナスィー(バラナシ)駅にAM5:00に到着したときにはすでに頭痛がはじまっていたが、なんとかリクシャーでガンガーほとりの宿を目指した。宿を斡旋する8才の少年に導かれ、河を一望できる部屋にチェックイン。バラナシは、何度来ても気が滅入る場所だ。高温多湿に強すぎる日射しとホコリっぽい空気、加えて人も疑わしい方が非常に多く存在する。以前デリーで会った日本人の女性は、「バラナシのある宿のスタッフに睡眠薬を飲まされた」と話してくれた。彼女についてそれ以上は聞けなかったが、とにかく油断ならない。楽しみながらも、自らの身を守らなくてはならない。ここはヒンズー教の大聖地。インド人の多くがこの場所を訪れ、ここで最期を迎えたいと思っている場所だ。空気の重さを少し、楽しんでみようと思う。

写真:ガンジス川に沿ってガート(堤・火葬場)がつづく。

投稿者:高嶋真志  2005.08.02

筋肉牧場 インド#22

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 ブッダ・ガヤーだけではないけれど、この国を旅していると本当に各国の人々と知り合いになる。何がそうさせているのかは分からないが、とにかく歩いていれば挨拶し、お店でも気軽に誰とでも会話ができてしまう。ましてや同じ宿の人々はクラスメイトみたいなものである。部屋やロビーで、いろんな話をする。スイスからのカップルは、チベットから半年かけてインドに入ったそうだ。ドイツ人の男性は日本以外のアジア各国は制覇したと言っていた。何故日本には来ないのかと理由を問うと、ただ一言「高くて行けないよ」と。そんな話を聞きながら、次はそこに行こう、そんな場所があるんだ、ととても刺激になる。インドを旅する人には社会からドロップアウト気味の人も見られるが、ほとんど誰もが、自分の目でモノを見て感じて、考えてしっかりと毎日を生きている。宿や空港、駅などはちょうどその人間たちの交差点。気が滅入ることの多いインドで「お、君も旅行者か」と同士のような気分になり、言葉が出るのは自然なのかもしれない。出会った人は、皆それぞれの行く先に旅立つ。出会いは別れの始まりと言うけれど、別れても彼等は心に存在しつづけているのを感じる。「いつかまた会うのだろうか?」。僕もそろそろ慣れてきたブッダ・ガヤーを離れ、週明けにはガンジス川ほとりの大聖地バナーラス(ヴァーラーナスィー)に向かう。僕も、誰かの心の中でのみ生きる人間となるのだ。

写真:メインストリート入口に立つ、奇抜な着こなしのナイスガイ。

投稿者:高嶋真志  2005.07.29

筋肉牧場 インド#21

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 ブッダが菩提樹の下で悟りを得た場所、ブッダ・ガヤーに滞在している。大塔のそびえるマハーボーディ寺院(大菩提寺)を中心にした、鉄道のガヤー駅からバスで30分ほどに位置する小さな村である。もちろん仏教・ヒンズー教の大聖地となっており、世界各国の仏教寺院がたくさん存在している。日中は日射しが強く湿度も高いが、寺院の中に入ると涼しい風が肌を通り過ぎる、不思議な空気感を有する場所である。到着当初は安いゲストルームに宿泊していたが、2日前からはブータン寺に泊めてもらっている。ここにはヨーロッパからの旅行者が多く泊まっており、以前はテープやMDだったが、現在はMP3データをパソコンにて、出身国で流行しているという楽曲を交換し合っている。ブッダが悟った場所にも、進化をつづけるITの波が押し寄せている。

写真:ときには牛のスピードで。

投稿者:高嶋真志  2005.07.25

筋肉牧場 インド#20

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 カルカッタのハウラー駅から、深夜発の列車に乗った。23時過ぎの駅は、避難所のような光景となっていた。ホームや建物内で睡眠、自炊する人の群れ、足の踏み場にも困るほどだ。電車を待っていると、お決まりの物乞いが近寄ってくる。ここでは子供の物乞いが多い。最初は真剣に対処していたが、慣れてくると彼らも演じているのが見えてくる。特に子供の変わり身には微笑ましくも驚かされる。汚れた出で立ちでつきまとう女の子、なかなか僕から離れない。一生懸命に可愛そうを演じているが、そうしながらも同業者との目配せや笑みが垣間見られる瞬間がある。インドを歩いていると時々、何を信じたらよいのか、分からなくなる。しかし歩いているうちに、信じるも信じないも、どうでもいいことなのだと分かってくる。予定より2時間遅れて列車が出た。勝手に電車に乗り込んだ物乞いの少女を、車掌が跳び蹴りして外に出す光景が目に入る。ホームに全身を強く打ち付けた泣きじゃくる少女を横目に、列車は進んでいった。

写真:人の姿は撮影できなかった、ハウラー駅。

投稿者:高嶋真志  2005.07.20

筋肉牧場 インド#19

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 高校生の頃インドネシアで生水からの腸捻転を味わって以来、アジアの水や生ものにも免疫ができている。今日はランチにヤキソバのようなチョウメン、夜にベジカレー&ナンを食べた。両方とも食べ物に火は通っているのだが、食器やフォークの洗い方がすごい。犬も飲む、牛、猪や羊も戯れる路上の水たまりで、器を洗っている、いや、ゆすいでいるのだ。路上で生活する家族もそこで洗濯などをしている光景を横目に、郷に入りては郷に従え、ゴハンを食す。昼間はビジネス街のカルカッタ北部とマザーハウスを見学し、この後向かう予定のブッダ・ガヤー行きのチケットを求めに行く。フーグリー川を船で渡ってすぐのハウラー駅のオフィスで、来週のガヤー行きインディア・レイルウェイのセカンドクラス(最下等)を購入した。随分と整備されたらしく、以前は何日も待たされた鉄道チケットが、数分で手に入るようになった。

写真:外国人専用窓口でチケットを購入。

投稿者:高嶋真志  2005.07.15

筋肉牧場 インド#18

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 街を歩くたびにうんざりする。暑い、人が多い、ホコリっぽい、ウルサイ。歩くのに疲れたら日本語の人力車を語源にするオートリクシャーに乗り、詩人タゴールやシタール奏者ラビ・シャンカールに関する場所を気の向くままに巡るといった毎日を過ごしている。今日は宿泊するサダルst近く、モイダン公園前のインド博物館に行ってみた。日曜日ということもあり、中学生くらいの女の子グループがやけに多い。博物館を見学するインド人というのは裕福な家庭の人々で、カラフルで清潔感のある民族衣装、サリーが鮮やかに見える。好奇心も旺盛なのだろう、艶やかなサリーを纏った女の子5人グループに声をかけられた。「日本人?」「そうだよ」「キャハハ!」。5人はとても楽しそうだ。「日本の歌を教えて」と言われ、博物館の中で『はとぽっぽ』を熱唱した。僕が3回歌っただけで、1人の女の子は完璧に日本語で歌を覚えた。なんだかとてもいい子たちで、彼女たちを通してインドのあたたかさが感じられた。閉館後外に出ると、まだまだ暑い。いつも声をかけてくるドラッグ売りの兄ちゃんに、ビールを買える店を紹介してもらい、部屋で飲んだ。

写真:いっつもチャイをご馳走してくれる、カルカッタのナイスガイ。

投稿者:高嶋真志  2005.07.11

筋肉牧場 インド#17

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 「Calcutta」は植民地時代の英語名だが、僕は幼少時より何故かその響きに惹かれており、正式名称となる現地語のコルカタでなく、ここではカルカッタの名で明記させていただくことにする。というわけで今、カルカッタにいる。空港から安宿街サダルストリートに向かうタクシーからの景色は相変わらずだった。必要以上のスピードとクラクションの中を行くアンバッサダー(インド車)の合間に、牛、猪、鳥、犬などが堂々と左往し、街中に干支が降臨したように見える。道路に降りるとすぐ、ホコリの匂いと濃すぎる色々に取り囲まれ、また来てしまった、の感に包まれる。タクシーを降りるとたちまちインド人たちが寄ってきて「ハシシいるか?」「女買うか?」「宿紹介するよ」と。怪しすぎて笑える。サダルストリートに来て数分で「No , thank you」を何回言ったことか。でも今回は3回目のインド、その辺は笑顔で対応できる。

写真:1泊数十円からの宿が並ぶバックパッカーの街、サダルを歩く。

投稿者:高嶋真志  2005.07.06

筋肉牧場 インド#16

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 今更ながら、タイ国はタイ語で「ムアンタイ」と呼ぶことを知った。タイの伝統舞踊「コーン(khon)」を見に行った際にその言葉が良く出てきたのだがそれが何なのか分からず、劇場員への質問で解決した。コーンの演目はインドの叙事詩「ラーマーヤナ」のタイ版「ラーマキエン」。バンコクのエメラルド寺院の回廊には「ラーマキエン」が描かれており、この国ではよく知られた物語らしい。踊りを見て優雅な気分になった帰り道には少し高級なタイ料理店に入り、そこでピクルスに似た「ドーン」と砂糖漬けの「チェ・イム」というタイ風漬け物に出合った。ドーンもチェ・イムも「浸す」という意味だが、浸しているモノが日本の漬け物とは違い、マンゴーやグァバなどの果物類が多い。素材名+ドーンorチェ・イムで商品名になる。これがビールに良く合い、水分だけでお腹がふくれてしまった。

いよいよ明日の夕方、インドに向かう。
ありがとう、ムアンタイ。

写真:「ラーマキエン」はこの下の回廊に描かれる。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.06.30

筋肉牧場 インド#15

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 大変申し訳ないのだけれど、バンコクに飽きてしまった。映画を見たり、遺跡を見たりデパートを歩いたりと、積極的に行動を試みるも、もう満腹になってしまった。タイ料理ももういい、そんなこともあり、コルカタ行きの飛行機までようやく一週間を切ったところでしばらくバンコクを離れることにした。チャオプラヤー川を船で8hほど北上したナコーン・サワンという街に来た。観光地ではないので特に見所はないが、水上交通がメインで大きな川を行き交う船の景色がいい。せっかくなので、水上に浮かぶボートホテルに投宿。夜に甲板へ出ると、水の音と目近の星が美しい。短い滞在だが、読書と瞑想で時を過ごすことにした。

写真:ナコーン・サワン船の駅にて、修行僧の子供たち。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.06.24

筋肉牧場 インド#14

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 蒸し暑さと灼熱の太陽の下、インドのカルカッタ(現名称:コルカタ)行きのチケットを求めバンコクを彷徨った。2日間歩き回り、結局チャイナタウンの客引きに案内された小さいオフィスでブッキング。今週のチケットは取れず、やむなく来週末のエア・インディアを予約した。旅行会社の若い姉ちゃんは好奇心旺盛で、しきりに「どうしてインドなんて行くの?」と聞いてくる。面倒なので「その理由を探しに行くんだよ」と回答するにとどめておいた。これから1週間ばかりバンコクで過ごすことになった。街の雰囲気と食をとことん楽しもうと思う。ちなみにタイ語でのバンコクの正式名称は「クルンテープ・マハーナコーン・ボーウォーン・ラタナーコーシン・マヒンタラアユタヤー・マハーディロッカポップ・ノッパラッタナー・ラーチャターニー・ブリーロム・ウドム・ラーチャニウェート・マハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカティッティヤ・ウィサヌカムプラシット」と異常に長い。シンハーを飲みながら、そんなこの地を飽満するつもりだ。

写真:三島由紀夫「暁の寺」のモチーフとなった「ワット・アルン」。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.06.20

筋肉牧場 インド#13

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 この国に来てもうすぐ2ヵ月、そろそろ目的のインドに行かなくては。チェンマイを起点にミャンマーへ、ラオスへとの気持ちは、当初の予想通り膨らむこととなったが、今回の旅の目的はそこにはないと自分に言い聞かせ、1ヵ月ぶりにバンコクに戻ってきた。過ごせば過ごすほど深みを増すタイ。都市部でも農村部でも、一様に人々からはどことない余裕が感じ取れる。金銭的な余裕ではなく、心理的な富が現れてきている気がする。チェンマイでお世話になっていた家族も優雅に暮らしていた。風の通る高床式の家は、とりまく欲念も留まらせないようだ。

写真:お世話になった家族と、地元のお寺に挨拶。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.06.17

筋肉牧場 インド#12

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 日本をはじめ、世界中に「チェンマイ」という名のタイレストランが存在する。バンコクにつぐ「第2の都市」と言われる街だけに、その名が多く使われているのだろうが、人口は少なく17万人。他にも大きい都市があるが、歴史や伝統が醸す“風格”が地元民に支持され、心のより所となる由縁なのだろう。日本で言えばまさに、京都のような場所なのかもしれない。タイの京都と考えると、街全体にさらに興味が湧いてくる。2km四方の広さを持つ城郭を中心に新旧織り交ぜた街並みが広がり、城の門を出て少し歩くと、新市街に出る。そこにはホテル、百貨店や高層ビルがそびえ、新興住宅街も生まれている。過去と現在が同居する、混沌とした雰囲気のチェンマイ。1つの街に、いろんな時代の時間が流れている。

写真:右は新市街、左は旧市街。狭間のここは、中世か。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.06.11

筋肉牧場 インド#11

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 トレッキングをしてきた。雨期なので大雨にやられつつ、チェンマイから車で3hの距離にある、タイ最高峰のドイ・インタノンを歩いた。このエリアは高度が高いだけでなく、とても滝が多い場所で、カレン族、モン族の人々と滝壺で泳いだり飛び込んだりして楽しい時間を過ごした。夜は一気に冷えるが、モン族の村長さんが家に泊めてくれ、食事までご馳走してくださったので、心も身体もあたたかだった。土と緑と水のニオイを吸い込みながらのトレッキングは、肉体も精神も浄化してくれるようだった。しかし、豊饒の海はまだまだ遠い。

写真:カレン族の朝市。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.06.06

筋肉牧場 インド#10

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 電車に7時間ほど乗り、チェンマイに来た。大きな都市なのにどこか静かで、本当に居心地がいい。ここではトゥクトゥクとバスの合いの子のような「ソンテウ」という乗り物が主流で、市内のほとんどにはこれで行くことができる。近代的な街並みと古くからの遺跡が混在し、食事も屋台から高級レストランまで幅広くある。チェンマイの原宿と言われるニマンヘミン通りでディナー。1人ながら、クン・オプ・ウンセンやヤム・ヌアなどを堪能。あまりの美味にシンハーも進み、3リットルを飲み干した。タイへの滞在が長期化しているが、思いの外チェンマイも良い場所で、もう少しゆっくりしていこうと思う。

写真:煌、雅、厳、優、包、いろんな漢字が当てはまる。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.06.03

筋肉牧場 インド#9

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 リリーの実家を出て、スコータイに戻ってきた。まだ観光ができていなかったので、遺跡公園をはじめ数々の寺院や建造物を見て歩いている。スコータイは13世紀中期から140年間ほど栄えた王朝で、「幸福の夜明け」を表すその名の通り、一時は「水に魚有り、田には米有り」とうたわれるほどの繁栄を見せていた。しかし1378年、アユタヤの属国となりその幕を閉じた。アユタヤより古い時代のスコータイだが、遺跡はこちらの方が美しく残っている。これは建造物の多くが木造だったアユタヤ遺跡に対し、こちらは煉瓦造りが主流だったからとユネスコ職員が教えてくれた。市街から14km離れた遺跡群はジャングルの中に存在しており、歩いているとテーマパークにいるような錯覚を覚えてしまう。数百年という時間は、そう簡単には理解できない。

写真:ゾウは健気。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.05.30

筋肉牧場 インド#8

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 スコータイから車で30分ほど東に行った「水の街」に来た。昨夜からスコータイの朝市で知り合ったリリーの実家に滞在している。ここの主な交通手段は車とボートで、近所に行くのには船を使う場合が多い。どの家にも船着き場があり、到着すると家の中からおばあちゃんが迎えてくれたりと心が和む光景に良く出くわす。寺院などにも船着き場が設えられており、時間帯によっては駐船場がとても混雑する。そんなときは陸上と違って適当に水上駐車するわけにはいかないので、浮いたまましばらく空きを待つことになる。プカプカ揺られながら周囲を見ると、この土地の人々の自然や信仰との共存を垣間見ることができる。

写真:「Kazemati,st」日本語では「風待ち通り」なのか。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.05.26

筋肉牧場 インド#7

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 ピッサヌロークから1hほどバスに揺られ、スコータイに到着した。到着後すぐに朝市の屋台にてサラパオ(饅頭)&ローンコーン(マンゴスチンのようなフルーツ)withチャー・イエン(冷紅茶)で朝食。立ちこめる食材の薫りや湯気、それに人々の熱気が市場を抜ける風に合い、東京にもこんな朝食風景があれば良いのにと思う。午後には市内でレコード店を営むタオに会いに行った。この店は通常日本では手に入らない廃盤ものやテレビからの録画を編集した音楽DVDなどを扱う店で、店内に入ると宝探しを始めるような気持ちになる。再会を喜んでくれたタオは僕が大好きな3人、ステファン・グラッペリ(vln)、ジョージ・シアリング(pf)、グローバー・ワシントンJr(sax)がノリでセッションしたという奇跡的な模様を収録したビデオテープをプレゼントしてくれた。この3人が地上で唯一共に演奏したその曲は「星に願いを」。リズムセクションが無い分、かなりスピリチュアルな響きとなっている。彼ら3点がつくる三角錐の中に、一瞬にして引き込まれた気がした。

写真:左はレコード店、右はタオの奥さんが切り盛りする定食屋。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.05.23

筋肉牧場 インド#6

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 アユタヤに逆戻りしている。アユタヤでは近年、仏像の盗難が多いらしくその対策会議に参加した。タイの古都だったここには800近い寺院があるが、うち300カ所はすでに廃れてしまい盗難の可能性もさらに高まっている。千年にわたり人々の信仰を集めるコーケ寺の仏像は、何度も盗まれては奇跡的に戻りを繰り返し、現在は防犯ブザーのついた二重安全ガラスに安置されている。対策とは言え「仏像は人形ではないのだから、ガラスになんて入れたくない。皆の触れやすい所に置かなくては意味がない」という他の住職の気持ちも良く理解できる。クランクロンサブア寺では堂内すべての窓に鉄格子をつけ、さらに毎晩僧侶が寝泊まりして盗難防止に勤めているというように、お寺への負担が膨らんでいるのも確かだ。地元当局にも「限界がある」と諦めムードが漂っているが、なんとか守りたい。文化財に手を出す人間は、計り知れない歴史への責任と人々の無念さを感じるべきだ。

写真:誰もが本来いるべき場所に、我が身を置きたいと願っている。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.05.20

筋肉牧場 インド#5

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 バンコクを早朝に出て列車に揺られ、アユタヤで途中下車。遺跡を2hほど見学し、今はそこからさらに北へ行ったピッサヌロークという街に滞在している。自然が多く残るこの街は、スコータイ時代には首都として、アユタヤ王朝時代には大都市として栄えた場所だが、今は交通量が多いだけで、時間の流れが遅くのんびりとしている。土色のナーン川までもがゆったりと流れ、河原での読書が心地よかった。ここでは毎夜、規模の大きいナイトバザールが催されている。行ってみるとそこは「食の博覧会」とも言うべき盛況を見せていた。知る人はいないだろうと侮っていたのだが、僕の顔はここでも売れているらしく、村の少女たちから食事中だというのに随分とサイン攻めにあってしまった。

写真:ピッサヌローク駅に到着。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.05.18

筋肉牧場 インド#4

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 タイ北部に向かうため、一度バンコクに戻ってきた。王宮周辺に宿を取り市内を散策してから、チャイナタウンにタイのホラー映画を見に行った。このホラー作品は血も流れず幽霊も出てこない、さらに特別効果音に長けている感じでもない。なのに確かに怖い。役者の演技と雰囲気の演出で、ここまでの映像世界をつくれるものかと感心した。タイトルも日本人をくすぐる「カミソリ」とつけられており、90分間ずっと会場の悲鳴は止まなかった。終了後、恐怖感を引きずってはいたがお腹が空き、近くの屋台でチャイニーズ。巨大なエビを豪快に料理した「クン・パオ」というシーフード料理をいただく。22時からナイトマーケットの近くでキックボクシング大会があるというので、食後の散歩がてらそこまで歩くことにした。

写真:チャオプラヤー川を下る。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.05.16

筋肉牧場 インド#3

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 日の出と共にパタヤー・ビーチをジョギングしたあとは、シャワーを浴び、ホテルのテラスにて太陽と海を眺めながらのモーニングビュッフェ。こんな過ごし方をしたかったが、ダウンタウンから車で10分ほどの丘の上にある「ワット・プラ・ヤイ」という寺院に寝泊まりしている。3AMに起床し読経と献花・線香そして寺院敷地内の掃除が義務づけられているが、さっそく寝坊。質素な朝食をいただき、まずは寺院内の掃除に勤しむ。その後は同年代のお坊さんたちと共に瞑想を行い、おやつには近くに実るマンゴーをたくさん食べた。湿度は高いけれど、心地よい風が通りどこにいても過ごしやすい。若いお坊さんたちもみな陽気で、夜は美味しくシンハーをいただいた。

写真:像と同じポーズで、自らに向き合う。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.05.11

筋肉牧場 インド#2

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 すぐにでもインドに入れる状態ではあるが、せっかくなのでもう少しタイに滞在したいと考えた。バンコク周辺しかまだ見たことがないので、少し離れた街をいくつか見に行く。欲を出すとそのままカンボジアへ、ラオスへ、ミャンマーへ、などとも思ってしまうが、そいつはいけない。タイ国内に限り、しばらくふらふらと巡ろうと思う。最初のターゲットは、バンコクの南150kmほどに位置するパタヤーという古いリゾート地。ここはベトナム戦争時に米兵士の休息地にもなっていたとのことで、白いビーチにシーフード店に点在する寺院にと、なかなか盛りだくさんだ。早朝にバンコクを列車で出て、AM11時前には到着する予定。どの国に行っても、長距離列車の車窓からの景色には、とても興奮させられる。いろんな生活を見ながら、いろんな自然を眺めながら、のんびりと向かうことにする。

写真:ホアランポーン駅6:55AM発の列車に乗り込む。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.05.09

筋肉牧場 インド#1

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 一週間の日本滞在を終え、インドに向かうことにした。アメリカの時ほど豊潤な予算が取れなかったので、1円単位にまで気を遣って旅をしていく。インドへの直行便がかなり高額で、まずはタイに入ることにした。17時にドン・ムアン空港に到着。建物を出るとすぐに感じる生暖かい空気で、「アジアに来た」と実感する。毎日12時と18時に流れるプレーン・チャートというタイ王国国歌を遠くに聴きながら、ダウンタウン中央のホアランポーン駅行きのノロい列車に乗った。バンコクの喧噪は好きだけど、夜は静かな時間を過ごしたいのでマレーシアホテル近くの落ち着いたゲストハウスにチェックイン。部屋に入り空腹のままタイビール「シンハー」を一口。気候とあいまった美味しさの相乗効果は相当なものだった。ほろ酔いのまま、近くの屋台へ夕食にでかけた。

写真:いろんな屋台で買った食べ物を、路上のテーブルでいただく。(タイ)

投稿者:高嶋真志  2005.05.06