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流れ

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西原真志
Masashi Nishihara

投稿者:西原真志  2016.05.10

再会

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西原真志
Masashi Nishihara

投稿者:西原真志  2016.02.03

行く道

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西原真志
Masashi Nishihara

投稿者:西原真志  2015.09.21

ひとつぶ

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西原真志
Masashi Nishihara

投稿者:西原真志  2015.09.20

まなざし

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西原真志
Masashi Nishihara

投稿者:西原真志  2015.06.21

士誠写真館#1

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「DDT(Driving Daddy and Tree)」
Photo by Shisei Nishihara(2012:5years old)

投稿者:西原真志  2013.05.03

21st,Sep.

EW&Fも歌っている21st,Sep。
松田優作、安倍晋三、そして西原真志。
なんとかならないものだろうか。

投稿者:西原真志  2013.04.12

この度

2月いっぱいをもちまして、
Facebookを完全にやめることにしました。

今後はこちらのサイトか、
www.quietmedium.jp
にて4649!

投稿者:西原真志  2013.02.18

QuietMedium:謹賀新年

2013年も宜しくお願い致します。

新たな情報も静かに更新しておりますので、
ぜひご覧くださいませ。

http://www.quietmedium.jp/news/

あなたのビジネス・パートナー
QuietMedium

投稿者:西原真志  2013.01.03

目出たいったりゃありゃしない

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まさしさん、おめでとさん。
2012年9月21日は、まさしさん、
いや人類にとって感謝すべき、
38回目の聖なる日。
ハトたちもその喜びに打震えています。

Kenji

投稿者:西原真志  2012.09.13

続・3つだけ

前回から少し変わりました。

「インターネット」と「テレビ」を、
入れ替えます。

投稿者:西原真志  2011.09.28

3つだけ

「お前の言う3つのものを世の中から消してやろう」
と今言われたならば。

僕は「アスファルト」と「インターネット」、
そして「飛行機」と答える。

どれも膨大なエネルギーを使いながら、
他の生物に大迷惑をかけつつ、
さらに一見便利なようで人間自身を縛りつけているから。

また来週には答えが変わるかもしれないけれど。

投稿者:西原真志  2011.06.29

ディーゼル

「1898年にルドルフ・ディーゼルがエンジンを設計。最初はピーナッツ油で動かした。燃費の悪い蒸気エンジンが企業家に独占される状況を懸念し、小農民や職人たちが地元で生産できる原料から地域で製造できる燃料を使って、無駄なく出力する機関として開発。元々“適正技術(appropriate technology)”と呼ばれる地域と人々の自立のための出力機関として、燃料には地域で生産でき、再生可能な植物油を使うことを念頭に開発された。(赤星栄志)」

知らないことが多すぎる。

投稿者:西原真志  2011.04.23

罪を憎んで人を憎まず

組織を憎んで、社員を憎まず。

近現代を考えるとこうなる。

投稿者:西原真志  2011.04.17

便利だけれど…

災害時の連絡など、とても便利さが際立ったツイッターだけど、やはり好きになれない。ツイッターでなくここで、ちょっとつぶやいてみました。

投稿者:西原真志  2011.04.16

2011

2010もありがとうございました!
2011はもっと鋭利に頑張ります!

投稿者:西原真志  2010.12.29

フフフ

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投稿者:西原真志  2009.11.10

5周年おめでとうございます

ヤマザキハウス・ジャポン誕生の夜は、
興奮したものでした。
今でも覚えています。あのトキメキを。

世界に平和をありがとう。

エリザべス・テイラー
ケビン・コスナー
その他ハリウッド俳優一同

投稿者:西原真志  2009.07.30

他人のふり見て我がふり直す

 朝の通勤ラッシュ時、電車内はかなりの混雑だった。車イスなどを置くための少し広いスペースの、手すり付近に僕は立っていた。ある駅に到着すると、通勤客に混じり、ベビーカーを押した若い女性が乗り込んできた。
 相当に大変そうである。だが周囲も気を利かせ、親切に空間をつくったおかげで、母子は無事に乗ることができた。
 しかし通勤電車である。ベビーカーを落ち着かせるのはかなり困難だ。壁際に立っていた僕はすぐに下がり、その母子に場所をゆずろうと動いた。母子はその行動に気づき、そこを確保しようと少ない隙間を抜けようとした、そのときだった。
 タレントだか実業家だかの神田うのさんのような、見るからに「私ってきれいっでしょ?」的な、「ブサイクな男は寄ってこないで」的な女性が、母子を追い抜いて僕の空けたスペースに入り込んだ。
 僕は「てめぇ」と思った。
 トビラが閉まると、通勤客に囲まれた一歳児くらいの赤ちゃんは、少しグズりだした。母親はすぐに煮干しを取り出し、その一匹を彼だか彼女だかに握らせた。その子は夢中でしゃぶりだした。しかし1分も経たないうちにその子は煮干しに飽き、前に立つ僕の足を、小さな手でツンツンと突いてくるようになった。つづいて僕の隣に立つOL風の女性にも同じことをしだした。母親は止めようとしたが、子供の手までは届かず、僕も放っておくことにした。
 乗り換えの駅に着いた。降りようとした姿を見てか、その子は突然、僕に向かって言葉を発した。
「バイヤイッ」
 嬉しさと照れと混雑で、僕も控えめに一言「バイバイ」とだけ子供に向かって手を振り返し、電車を降りた。
 オフィスに到着するとすぐに、パソコンの電源を入れ、インターネットに接続した。ヤフーのトップページにはいくつかの最新ニュースが並んでいた。中でも特に目に入るものがあった。
『神田うの、五回目の挙式』
 同一の夫との五回目の結婚式を、インドネシアのバリ島でお挙げになったというニュースだった。
 今回はさっきのように「てめぇ」とは思わず、改めて自分に問いかけることに。「お前は自分自分になっていないか」と。
 そんな意味では、彼女たちも役に立っているようだ。彼女たちは僕らを戒めるために、あんな行動をして下さっているのかもしれない。彼女たちの行動を生かすも殺すも我々次第。感謝しながら生かすことにしよう。

投稿者:西原真志  2009.01.14

2つの間にある差

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 都心に同じく立つ高層建造物でも、この2つの間にある“価値”の差はあまりにも大きい。無くても良いものに限って、堂々と居座っている。街にも、メディアにも。
 必要なものは残っていく。これは数少ない絶対の一つだと思う。

投稿者:西原真志  2008.12.09

環境の大切さについて

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 上の写真、思い込めば絵にも見えませんか?

 名産品に限らず、音楽や小説、絵画なども、その土地や環境だからこそ誕生したというものがある。言い換えれば、土地や環境が何かを創り出した。
 自分のことも考え直してみる。自分が多くの時間を過ごす場所は、自宅や職場。その環境は、どんなものを生み出せそうか。
 トンビが鷹を生むことはまれで、ほとんどがカエルの子はカエル。環境も同じで、そこ相応のものが生み出されてゆく。ゆえに、自分のいる環境は非常に大切なのだ。
 上の写真のような風景を、今は可能でも江戸時代の日本人は描くことができない。当然、浮世絵のような絵画を、独立直後のアメリカ人が描くことはできない。つまり人は、自分で生き、経験したこと(入力したもの)しか出力することはできないのだ。自分の理想とする環境(人なども含めた広い意味での)、もしくは少しでもそこに近い環境に、自らの身を置いておかなければ、良い出力をしていけるはずがない。
 意識して環境を整えていこう。ロンドンの公園を眺めながら、そんなことを思った。

投稿者:西原真志  2008.10.21

ヤマザキハウス・ジャポン事務局より

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君の吐息に、ハッピーニューイヤー2008。

投稿者:西原真志  2007.12.29

努力する、理由のひとつ

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 今僕が聴く音楽は、そのほとんどをヘッドフォンを通しての“聴覚”に頼っている。それでももちろん楽しめるけれど、ある経験が僕の固定観念を変えた。
 木々に囲まれた環境に建つ家に、自宅ではあまり使うことのできない大きなスピーカーを持ち込み、10日ほどの間、大音量でさまざまな音楽を聴いた。音楽は耳だけでなく、全身で聴くものだと改めて実感させられた。振動として手や足や胸に響いてくることもあるけれど、きれいな写真を大きなパネルに引き延ばしたときような、これまでに感じた以上の“圧倒”を得ることができた。
 その分シビアである。写真の解像度と同じように、拡大する分だけ密度の低いものは目の粗い“点”になってしまい、解像度の高いものは拡大するごとにパワーを増してゆく。“名盤”と言われるものほど、“拡大”によってさらなる魅力を発揮するから不思議だ。
 ライブの良さは時間や空気の共有の他に、やはり全身で音に触れることがあるように思う。食事だって、味覚だけで楽しむものではない。同じ料理でも雰囲気や香りで、味は変わってしまう。音楽にも味わい方があるのだ。
 そう考えるとやはり、音楽にはできるだけ全身で触れていたい。自宅でも、それなりの音量で聴いていたい。
 今はその環境をつくるため、努力するのみである。

投稿者:西原真志  2007.10.26

憧れの人

 数年前までは、どうしてかゼロだった。それが、ここ数年で大幅に増えた。僕が憧れや尊敬の念を抱く人の数である。最高クラスである“尊敬レベル”とセカンドクラスの“好きレベル”の2つに別れるが、今は両方合わせ、十数人の人間が僕の中で活動している。
 つい数年前まではゼロだったと書いたが、それが大きく変わった理由を考えてみても、イマイチ分からない。何年か前にはまった一人をきっかけとして、自然に、みるみる増えていったのだ。
 尊敬レベルの人に関しては、憧れと言うよりも、完全に僕は傾倒している。その一人ひとりになりたいと言う訳ではないが、その潮流を身体で会得したいとは特別に強く思う。
 恐らく、まだまだつづくだろう。彼等の羊水に浸かり、養分をもらう日々が。

投稿者:西原真志  2007.04.10

憂東京

 東京都の人口がこの度、過去最多の1269万人になったそうだ。日本人の9〜10人に1人が東京都民の計算になる。リスクマネジメントの一環として首都機能の分散を唱える人も多いが、そろそろ本気で実行に移した方が確実に得策であると考えさせられてしまう。どの面においても東京は飽和・肥満状態である。
 この資源の乏しい地理条件で約300年も鎖国しながら生き伸び、さらに独自の文化も多く発祥させた江戸時代では、政治は江戸、朝廷や公家の文化は京都、産業・金融は大阪、外交・通商は長崎と諸機能の分散ができていた。誰もが同じく感じると思うが、現在のさまざまなものの東京一極集中は、あきらかに不健康だ。それは電車に乗っただけでも理解できる。
 「東京都、特に23区に登録する企業の法人税を、べらぼうに高くするといい。そうすれば多くの企業が所在地を移し、渋滞や満員電車なども大きく緩和される」という記事を新聞で目にした。一理あると思った。
 しかしこれも無理な話だろう。約1300万人の住む大都市の上、近郊からの通勤者を混ぜるとさらに膨大な数になる。完全に反対多数になるはずだ。
 そこで手始めとして、僕は思う。“まずは皇居を京都に返還すべき”と。日本の歴史を振り返ると、時の権力はさまざまでも“朝廷”は必ず京都だった。これからも“江戸城”でなくてはならない理由はない。皇室が京都に還ることで、少なくとも内閣総理大臣の任命は京都で行われることとなる。小さいことかもしれないが、この一歩がさまざまに波及し、一極集中の緩和につながっていくはずだ。
 また、不謹慎ではあるが、もう一つの望みが大震災だと思える。天災は文字通り天によってもたらされる災いだが、それにはやはり理由がある。何かによってリセットボタンが押されない限り、再生はないのである。

 現状の東京に、オリンピックは必要だろうか。2008年を控えた北京や過去の東京からも分かるように、オリンピックはその都市の歴史や文化そして生活、さらに自然を必ず破壊してきた。破壊は創造でもあるが、オリンピックに限っては創造の微塵も見られない。首都高を走ると、それを痛感する。スポーツは否定しないが、オリンピックによる意味のない破壊は、今ある傷口をただ広げるだけである。東京に住む1269万人は今、どう感じているのだろうか。

投稿者:西原真志  2007.03.31

Loud Minority

 見事と言わざるを得ない。ことごとく僕が「面白くない」と感じるCMばかりが好感度の高いCMとしてランクインしている。この国では、有名人が出ていれば、まずはそれでOKらしい(3位、6位、10位(引っ張りすぎだけど)のCMは、それなりに印象に残るものだったとは思うが)。
 ナンバー1を記録したキムタクと渡哲也のジョージアのCMは、どうひいき目に見ても内容的に面白くないのですが、このCMの見所はどこにあるのでしょう。有能な日本人の思考が海外に向くのも当然だと思えてしまう。
 よっぽど地方のCMで、企業オーナーが自らの好みのみで自由奔放につくっているCMの方が力を感じる。
 自分のマイノリティさ加減を改めて実感した。

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投稿者:西原真志  2007.03.28

それならば、模倣>カバー

 食事の際にも鳴らし、移動中にも仕事中にも聴いているから、1日の相当な時間を音楽と共に過ごしていることになる。そのせいで、家の中にCDやレコード、DVDがどんどん増えている。
 数多いアルバムの中には、演奏者は違うも同じ楽曲というものが存在する。例えば、スタンダード・ナンバーと言われる類のものである。しかしこれらを聴いていると、基本部分ではその楽曲を感じるものの、彼や彼女なりが独自の解釈や演奏をしていることが分かる。同じ曲でもガラリと雰囲気が変わり、聞き比べてみても非常に面白い。
 そんな昨今、日本人ミュージシャンの甲斐よしひろが出されるという、カバー・アルバムの紹介をテレビ番組で見た。ミスチルやスガシカオといったJ-popの楽曲をカバーされているそうだ。チラリと聞こえただけだが、僕は非常に驚いた。原曲そのままなのである。歌い手が変わっているだけで、それ以外はほぼ一緒。“カバー”とはそういうことなのか。
 少し前に、徳永英明も同じようなアルバムを出していた。しかも2作も。内容は同上。加えて河村隆一もカバー・アルバムを出したそうだ。安全地帯の「ワインレッドの心」や杏里の「オリビアを聴きながら」等々…。訳あって(縄文の企画で)河村さんのそれらは生で聴いたが、腹が立って仕方がなかった。
 これらの“カバー”を小説家で言うならば、文豪の原稿を単に書き写しているだけである。目に見える文字だけが異なり、内容は一緒。つまり、どこまでも“他人のフンドシ”で、それ以上のものがないのである。模倣の方がよっぽどオリジナリティがありクリエイティブだと感じる。“他人のフンドシ”で人は何か感動するのだろうか。カラオケじゃないんだから、アーティストである以上その原曲や作者の魂を掴み取り、そこから自分なりの提示をして欲しいと強く思った。
 上記の3ヴォーカリストのそのアルバムにお金を出すならば、番組内で甲斐の後に紹介された、ショコタンこと中川翔子が憧れの松田聖子に捧げたという2ndシングル『ストロベリmelody』に、僕の一票を投じたい。現実問題として買うはずもないのだけれど。

投稿者:西原真志  2007.02.22

心機一転

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2004年8月31日23:59のオープン以来、
慣れ親しんできましたトップページのデザインを、
2007年のはじまりと共に一新しました。

これからさらに活発になるはずの、
ヤマザキハウス・ジャポンでございます。

投稿者:西原真志  2007.01.31

替え歌の教訓

 僕が小学生の時だった。親族の集まる食卓で、学校で流行している替え歌を披露した。アニメ『サザエさん』のオープニング曲である。

♪「買い物しようと街まで、出かぁけたぁが、サイフを、忘れて、スーパーで万引き、みんなが睨んでるぅ、笑ってごまぁかすぅ、ルールルルルー、今日は儲かったぁ」

 親族たちは小学生の他愛もない替え歌に微笑んだ。しかし、父親だけは違った。「それを儲かったというのか」と得意気な僕を一蹴。「うるせぇな、いいじゃねーかよ」と僕も悪態を返した。
 30を過ぎた今、なぜか突然その出来事を思い出した。確かに父親の一言は正しかったと思う。僕だって自分の子供がその歌を唄ったら、手放しで共に爆笑するわけにはいかないだろう。しかし僕は、プラス一言を付け加えたい。
 「ハッハッハ、面白い歌だけど、それは本当に儲かったのかな? その売り物は誰かの大切な物なんだよ。盗まれた人は可愛そうだね。さらにね、万引きすると警察に捕まって、みんなにすごく怒られるんだよ。場合によっては牢屋に入れられて、冷たくて暗い部屋で、一人で過ごさなければならないんだよ。そうなると僕たちは会えなくなるね、寂しいね。それでも儲かったと言えるの?」
 これはこれでイヤな親父だ。しかし、親にはやはり、責任がある。ここまで語ってあげる必要があるのではないか。
 あるエコロジストが良いことを言っていた。「今後の環境を改善するには?」の問いに、「我々の子供を教育することです。池や川が汚れているのなら『こんな汚い水で、小鳥さんや魚さんは可愛そうだね』。道にゴミが落ちていたならば『歩く人みんなが嫌な気持ちになるね、○○もキレイな道を歩きたいよね』」。この一言があるだけで、子供の感覚が変わるという。
 些細なことではあるが、溺愛するだけでない“親としての自覚”が現在さらに求められるようになっていると思う。未来を担うのは子供たちだが、その子供たちを育てるのは僕らの世代である。その責任は、決して軽くない。

投稿者:西原真志  2006.11.07

語彙について

 「そのギタリストの技量は依然半玉だが、私淑する大家から独学したその含羞のある奏では、人々を収攬している」

 日本語は難しすぎる。上記は勝手につくった例だが、例文を簡単に言えば「あのギタリストはまだまだ半人前だが、憧れのアーティストのスタイルから独自に学んだ控えめなプレイには、多くの人々が魅了されている」ということだ。
 文章は誰にも分かりやすく、そのためには簡潔なものでなければならない。日本語ながら翻訳が欲しいと感じる評論や小説が多々存在する。そしてそれがまた認められたりするものだから、世の中は分からないと痛感する。
 

投稿者:西原真志  2006.11.04

再び、バック・グラウンド・ミュージックを感じに

先日のそば屋にもう一度行ってみた。

楽しみに店内に入ると、ちょうど曲の切れ目で沈黙だった。
食券を買い終えた頃に、BGMが聞こえてきた。
リズムが難しく明らかに飲食に似合わない、
映画「未知との遭遇」のテーマだった。
前回と変わらぬ店内の雰囲気に安心感を覚えた。

そばを食べ始め残りもう少しのところで、
BGMは例の「E.T.」に変わった。
僕はさらなる安心感に包まれた。

“変わらぬことの良さ”と“一貫性の強さ”を教えられた。

投稿者:西原真志  2006.10.12

バック・グラウンド・ミュージックの効力

 あるビジネス街で、滅多に入ることのない、立ち食いではないが大衆向けの割安そば屋に立ち寄った際のことである。
 店内に入り食券の販売機を眺めているときには、まだ気づかなかった。愛想のかけらもないお兄さんに食券を渡しそばを待っていると、壮大なBGMが、僕の耳に静かに入りこんできた。サビ前の部分では「なんだっけ、この曲」と思う程度だったが、集中するにつれそれが何の曲なのかが判明した。映画「E.T.」のサウンドトラックだった。おそば屋で、E.T.って…。
 曲は、最大の盛り上がりを見せる有名なあのシーン(大きな満月をバックにETをカゴに乗せた少年達の自転車が空を飛ぶ)の部分へとさしかかった。
 「チャ〜ラーーチャララララーラー♪」
 目の前では仕事着のオッサン5人がカウンター席に腰掛け、その壮大な曲をBGMにそばをすすっていた。あまりに不自然な光景に思わず吹き出しそうになるのを、僕は必死にかみ殺し、飲み込んだ。
 しかし、BGMが壮大なだけで、そばを食すオッサンの姿もどこか意味深く感じられるから不思議だ。作業着をまとうオッサンは凄まじく過酷な労働の後にようやくそばにありついた風に見えるし、巨体を揺らす脂ギッシュなスーツ姿のオジサンはそのまま天に飛んでいきそうに見えた。音楽の効果は恐ろしい。
 僕がそばを食べ始めたときには、曲はゴーストバスターズに変わっていた。今店内に入ってきたひとにはこの光景がどう感じられるのだろう。いや、きっと何も感じないのだろう。決してまずいとは言わないが、愛情の感じられない食事をしながら、感情のない周囲を眺め、食事とその環境の大切さを考えた。

投稿者:西原真志  2006.10.05

正露丸の苦みにおもう

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 過日の新聞に、ラッパのマークでお馴染みの「正露丸」を扱う大幸薬品が、酷似した商品を販売する製薬会社を訴えたという記事が掲載されていた。なんでも「正露丸」に似た薬を扱う会社は多いらしく、大幸薬品側が敗訴したとのことだった。その記事の横では大きく、昭和天皇のオフレコ発言を記したメモ書きについて報じられていた。紀元前660年に即位されたとされる神武天皇以来、男系遺伝であるY染色体を引き継いだ、124代目となる天皇陛下のお言葉である。A級戦犯の合祀が間違っていたと言わざるを得ない。
 靖国神社は日本幕末期からの戦死者を祀る神社で、国民道徳であった国家神道の中心的施設として明治政府により創建された。GHQの介入からは一宗教法人になったものの、戦争に多さ大きさに比例して、近現代の日本人と相当に深い関わりを持ってきた。A級戦犯を祀るのならば、他にも祀る必要のある人はたくさんいるはずだ、という現実が、昭和天皇のお言葉から見えてくる。
 反乱軍として扱われ祀られていない、土方歳三を筆頭とする新撰組や西郷隆盛率いる薩摩軍も、近現代の日本を築いた人物に入るはずだ。日露戦争(1904)の英雄、乃木希典陸軍大将や東郷平八郎海軍大将も「戦死ではない」という理由で祀られていないのはおかしいのではないか。思いはわき起こる。しかし第2次世界大戦後、靖国神社はあくまでも一つの宗教法人という位置づけになっており、周囲が宗教法人の運営に口を挟むことはできない。その意味で、こちらでも戦争は終わったと言えるのかも知れない。
 昭和天皇のお心が報じられる横に大幸薬品の「正露丸裁判」の結果が出たおかげで、思わぬ効果がもたらされた。「正露丸の歴史」である。正露丸は元々、日露戦争の従軍兵士が携帯していた名のない薬だった。多くの兵士の治癒に役立ちその日露戦争に大勝したことで後に「征露丸」と表され、第2次世界大戦後になりさすがに「征露(ロシアを征する)」はまずいと、「正露丸」に表記が改められたという。
 靖国神社など、目に見えるものだけでなくとも、身の回りにはたくさんの「英霊の知」が生きているのだと知った。

写真:夜の靖国神社。

投稿者:西原真志  2006.08.02

ロイヤルパレス

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Happy 2006

投稿者:西原真志  2006.01.03

ミクロコスモスへの脱却

 僕の場合、お風呂に入って一番に洗うのは左腕、徐々に首筋に移り、そして…。

 31歳男性のお風呂事情なんて、誰も聞きたくないことぐらいよく知っている。その辺の常識はギリギリわきまえているので、この後は安心してお読みいただきたい。

 引越に関してはすでに幾度か書いたが、今回の物件探しで僕が諦めた箇所が1点だけあった。お風呂である。お風呂にはどうしても窓が欲しかった。
 以前の家では入口扉を開けると前面に2つの大きなくもり窓が設えてあった。太陽の出ているときは空色に輝き、夜になるとお金持ちの隣家の庭先に光る明かりが、ちらほらと木の葉の動きに合わせて湯船を照らしてくれた。オッさんの風呂事情など聞きたくないことは百も承知だが、一つだけ言わせて欲しい。僕はその空間にロウソクを立てて、入浴時間を満喫していた。
 湯船に座ると目の前にはロウソクの焔が揺れ、その向こうではくもりガラス越しに葉と街灯が存在を主張しあっている。さらに風呂の扉(窓ではない)を開け放ち、離れた6畳間のステレオから大きめに音楽を流していた。これがまさに非常で、新居にもこの環境が欲しいと思っていた。

 しかしである。新居のお風呂は一面白色で明るいながらも、脱衣所との境となるくもりガラスの扉を開けると窓のない、閉ざされた空間となっていた。試行錯誤したが、風呂場の蛍光灯は使わずに脱衣所の白熱灯を点け、その木漏れ日ならぬ硝子漏れ日のみで入浴のムードを盛り上げる日々がつづいていた。
 今日、その風呂場が、以前の家に近い環境が整ったことをここに報告させていただきたい。窓に関しては致し方ないが、音楽である。1万円ほどの防水CDプレイヤーを買ってみたのである。これがあまりに心地よく、興奮状態をそのままに、入浴直後の薄着のままこれを書いている次第である。
 「リゾート気分」は過言でない。歯医者や病院などの空間で、ジャズなどが流れてくるのを聞いたことはないだろうか。無機質な空間で突如感じられる安心感。お風呂は生活の一部ではあるが、どこの家も大抵は無機質を印象づけられる空間のはずだ。そこに植物や光や香りや、と、さまざまな方法で体温を与える努力を人はしている。視覚、触覚、嗅覚だけでなく、さらに聴覚をも意識したお風呂は、快適感がどこまでも広がり、リラックスの極致へと誘ってくれる。
 雑誌などならここで「ぜひ、お好きなCDをかけてみてください」とでも言うのだろうが、ここはヤマザキハウス・ジャポン。勝手なことを言わせてもらう。盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングしかかけちゃ駄目である。「僕の入浴には、ジョージのピアノが欠かせません」こんなセリフをヨン様やキムタクが言ったりしたら、明日から電気店では防水プレイヤーが、レコード店ではジョージ・シアリングが売れまくるのだろうが、ここで僕が何を吠えても世の中は微動だにしないのがまた楽しい。

 明日はまた違うことを言うかも知れないが、今、だんだん冷めてきた身体でキーボードを打つ僕は自信をもって書き付ける。
「ぜひ、入浴中にジョージ・シアリングをかけてみてください」

投稿者:西原真志  2005.11.16

ヤマザキハウス2 ー閉館ー

新しい家はとても過ごしやすい。
キレイだし、風呂は広いし、建物は肉厚だし。
ウォシュレットのトイレも優雅に仕事を遂行してくれるし。

引き渡しのため、空になった旧家に行ってきた。
ちょっと前まで生活していた空間が、
とても静かに、やけに明るくなっていた。

寂しい気持ちはあまり無かったけど、
ふと使ったトイレで突然悲しみに包まれた。

「ジャー」

元気な和式トイレの水の音。
「これ、この音!」
意外なところで襲われた郷愁感に自分を励ます。


ありがとう、本当に。
ヤマザキハウス Closed

∫ 興味のある人だけ見てください。ここをクリック。

♪ sound of NOSTALGIA 〜Comfortable Toilet〜 (60秒)

*食事中や気分の乗らないときは、上記ファイルをクリックしないでください。

投稿者:西原真志  2005.09.22

ヤマザキハウス

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 今でこそ「linga(リンガ)」などと言いシヴァ神云々のコンセプトを謳うヤマザキハウス・ジャポンだが、元々は「平成のトキワ荘」を目指して仲間内で名付けたところに「ヤマザキハウス」の名前は由来している。
 トキワ荘とは言わずと知れた、藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、手塚治虫などが集った建物であるが、実は「ヤマザキハウス」という建物も実際に存在している。目黒区自由が丘1丁目に建つ築三十数年のアパートがそれ。つまり、僕の自宅である。
 6年間、僕の生活を支えてくれ、多くの人に訪れてもらったヤマザキハウスだが、5日前に驚きのニュースが不動産会社よりもたらされた。
 「取り壊すことになりましたので、9月一杯くらいで出てもらえませんでしょうか」
 とうとうそのときが来てしまった。古い建物ながらもたくさんの友人たちに大切にされ楽しい時間を過ごさせてくれたヤマザキハウスと、突然別れなくてはならなくなった。寂しいけれど、サッパリと出て行こうと思う。
 ヤマザキハウスは、このWEB上でいつまでも生きつづける。

写真(左):ヤマザキハウス入居時の告知ポストカード。
      テツヤと初めてのグラフィックでの共作。(1999年)
写真(右):冷蔵庫に記された、客人の足跡。この冷蔵庫ともお別れする。

投稿者:西原真志  2005.08.05

TUNE(改訂)

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 「“心配”から逃げられない人は、自分の心の波長が“心配”の波長に同調している。心は、考えつづけていることを引き寄せてしまう」
 この文章をいつかどこかで目にし、メモ書きしていたのを、先ほど発見した。ここに出てくる「波長」という言葉は今僕が興味を持つ分野の本や人の話に頻出しており、自分でも現在、できる限りこの「波長」を意識して生活するようにしている。
 見ただけでなんとなく素敵な人、話してみたい人というのは誰にでもいるもので、それはその人の出すオーラ、波長がそうさせている。「類は友を呼ぶ」も波長の成せる技なのだろう。そう言う意味では、好きな人やあこがれの人に触れるのはとても大切なこと。その人の波長に直接触れることで、持ち得る全機能でその波長・温度を実感することができる。
 もう一つ、「波動」という言葉がある。これは“個”の波長に比べ“集”のパワーであり、同調した波長が集まり、波動となる。波動となったグループは、それだけ強い集合となる。例えば、SMAPがそうかもしれない。一見バラバラな波長の5人だが、それはとてもキレイに1つにまとまり、さらなる波動となって人に伝わる。テレビからでも、それは分かる。
 ラジオやテレビの電波は今、我々の目の前を飛び交っている。なのに見えないし聞こえない。それは自分の波長と同調していないから、また同調させることができないからである。電波だけでなく、モノ、ヒトからも波長というエネルギーが出ている。人は意識しないが、自分なりの受信機(チューナー)を持ち、それを感じ判断している。「あの人とは波長が合わない」という言われ方もするが、それは高次元での感覚、正確な意識なのだろう。それをどう処理するかは、各人間の問題となるが。
 
 自分の中の受信機をいかに育てるか。その方法が「敬愛する人に会うこと」と「趣味」であると思う。「敬愛する人に会う」ことの利点は前述の通りだが、「趣味」の方である。細野晴臣が著書『地平線の階段』の中で、「趣味を軽く扱うな。趣味は選択であり、それはその人の生き方につながる」というスーザン・ソンタグ『反解釈』の言葉を引用している。細野氏はこの考えで、音楽を趣味としているのだそうだ。この認識を突き詰めると、チューナーには受信だけでなく、同時に発信機としての機能もあることが分かる。
 表現に長けている人は、送・受を問わず、いろんな波長を知っている。個性的な受信機・発信機を自らに備えている。だから僕はそこを学びたい。いろんなものに触れて。

 波長とは、良いものを出そうとして出るものではない。自然と溢れ出るものである。三輪明宏が「人体の大部分は水で構成されている。良い音楽、特にクラシックはこの水分に影響を与え、良い波紋を生み出す。その波紋が人間の素晴らしさを形成する」と言っていた。つまり、食物にせよ芸術にせよ、自らの選択一つひとつが自身に影響を及ぼし、受信機・発信機の精度を決めていくのである。文明ではなく、文化を取り入れなくては、チューナーが機能しないのだ。
 毎日の気分がどうだという次元でなく、この部分を毎日の生活で認識しておきたい、それが冒頭の「波長を意識して生活する」ということである。しかし弱い人間、いろんなものに翻弄され、乱されてしまう。逆に言えば乱されて当然、困惑して当然。その面を持ちつつ、押し寄せる“波”に反応すればいい。諸行無常。こちらのチューナーもStay Tuneの必要はない。
 チャールズ・ダーウィンの言葉。「生き残るのは、種の中で最も強い者でも、最も知力に優れた者でもなく、最も変化に適応できる者である」。また、宗教記者だった司馬遼太郎がエッセイに記した「すべて因縁で結ばれている」というくだり。自分のチューナーにしっかりと電源を入れておき、いろんなチャンネルをひねる意識があれば、何かとつながる、何かが訪れるのだ。これはつまり、心を開く、閉ざすということだろう。チューナーとは恐らく、心なのだ。こう考えると「心は、考えつづけていることを引き寄せてしまう」ことが理解できる。
 ヒトやモノとの出会いは、自らが引き寄せた、何かのはじまりなのだ。

写真:自分のチャンネルをひねったら突然お気に入りと化した組み合わせ「ジーンズ&オシャレ下駄」。この波長への反応も、きっとないだろうな。「男はあきらめが肝心」というけれど、レスの無さには、あきらめの境地。チューナー磨きどころか、僕にはいろんな問題があるのだろう。早く気づけるといいのだけれど。

投稿者:西原真志  2005.06.24

運動後の“一杯”の善し悪し

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 ずっと行きたいと思っていたのだけれど、ふとしたご縁でようやく訪れることができた。JR目黒駅より徒歩12分の「五百羅漢寺」である。お寺や仏像に興味があり、これまでも遠くの寺院などには度々お会いしに行っていたが、まさに灯台元暗し、京都に行かずとも、これほどまでにたくさんの仏像に触れられる場所が都内にあったとは驚きだった。
 立ち並ぶ数百体の仏像にはそれぞれの教えが明記されており、納得させられたり、考えさせられたりと、普段の生活にとても良い刺激となる。すべての仏像に触れ教えを読み、後ろを振り返ると、所狭しと並ぶ仏像の存在感に改めて圧倒される。
 この寺院の存在を知ったのは、タレントの『はな』ちゃんの紹介であった。彼女にはこの「五百羅漢寺」に好きな一体の仏像があり、度々会いに行くのだそうだ。「あなたも好きな一体が見つかるはず。是非一度行ってみて」が彼女の言葉であった。
 先日、「縄文時代に生まれて」で元モーニング娘。メンバーの辻ちゃん、加護ちゃんの初ミュージカルを見に行き、今度の休みには同じ企画で「ひとりぼっちのサンリオピューロランド」として男一人丸一日キティちゃんに会いに行く。こんなことをしているおかげで、「何かプラスになることもしなくては!」と、美しいものをより深く感じたい、という焦りに近い気持ちが生まれている。運動の後の一杯が「それでは意味無いじゃん」ではなく「プラマイゼロでいいね」の精神で、より自分の幅が広がっていくものと信じたい。そんな意味でも身近により吟味したいと思える対象が見つかり、とても嬉しい。
 実は「五百羅漢寺」の一帯は「目黒不動尊」の中心地となっており、恵比寿から始まり林試の森公園を通り駒沢近辺に至るまで、さまざまなお寺が点在し、散策コースもつくられている。京都、鎌倉に行かずとも、身近なところにも歴史がある。過ごしやすい気候の昨今、みなさまも是非歩いてみてください。

写真:散策ルート途中、目黒不動尊前のお池にて。

投稿者:西原真志  2005.05.11

再会系携帯・2

 ウィークデイの午前11時、僕の携帯電話が鳴った。珍しい、母親からの電話である。他愛もない挨拶を早々に済ませ、話は本題に入るとばかり思っていた。が、話はなかなか進まない。「元気?」「うん、元気だよ」、「ラジュル(実家のチワワ)は元気にしてる?」と、サラリーマンのエレベーター内のような会話がつづく。なんだろう? と疑問を感じつつも「近々会おうよ」と電話を切った。
 しばらくして「ハッ」と我に返り、自分の携帯電話の発信履歴を調べてみた。……あった。数分前に、僕から母親に電話を入れてしまっていたようだ。「だからか」と謎は解けた。
 なかなか粋な計らいをしてくれる再会系携帯。次は誰の声が聞けるのか、楽しみはつづく。

投稿者:西原真志  2005.04.14

再会系携帯

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 長年愛用してきた携帯電話の機種変更をして数ヶ月。今回はこれまでのカーニバルイエロー色から、紳士らしい英国の森林の薫りただようイングランドグリーン色に塗装した。手のひらにカンタンに収まるこの小さい携帯は、カメラや音楽を聴くなど余計な機能が一切無い。そのかわりといっては何だが「再会系機能」があることを発見してしまった。むきだしのボタンが数ミリ本体から突き出しているため、ロックをかけておかないとポケットの中で誤操作されてしまうのだ。
 先日、以前勤めていた会社の先輩から一本の電話があった。ある土曜日の午後だった。携帯が鳴るので見ると、数年ぶりの名が画面に出ている。「久しぶりです」と電話に出ると、いきなり彼は「おう、どうしたの?」と言う。そっちがかけてきたくせにいきなり「どうしたの?」は無いだろうと思ったが、しばらく話すうちにお互いの誤解が解けた。僕のポケットの中で彼に誤発信してしまっていたのだ。この件を皮切りに、すでに数人に迷惑をかけている。ある先輩には一か月で3回も誤発信をしてしまい、その度に返信をもらっていたが、3回目には「また間違えでしょ?」とはじめから言われるほどになってしまった。何度もロックを確認するのだが、たまに勝手に解除されてしまっていたりもする。さて、今度は誰の声が聞けるのか。再会系携帯の腕に期待しよう。

投稿者:西原真志  2005.03.16

贈り送る言葉

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 久々に祐天寺駅で下車し、確定申告の相談に税務署へと向かった。「しょせん役所」との思いに反した親切な対応を受け、いい気分で税務署を出る。そんな帰り道、駒沢通りでの信号待ち中に、なぜか僕は事務所に電話を入れてみた。電話口のアートディレクターから「明日分かるはずのプレゼン結果が今日出てウチがとった」との嬉しい知らせを受ける。自分だけでなく、事務所にも新たな境地が開かれる、大変にありがたい仕事を得ることができた。今日という日が、いつか何かへの「きっかけの日」となる実感に包まれた。
 その電話後、駅近くの鉄道ムードのカレー店「ナイアガラ」で昼食をとることに。外観からインテリアまですべてが鉄道一色で、店内には昔の駅名看板や全国の駅長サイン色紙が何百点も並ぶ。店主らしきおじちゃんはカウンター内のキッチンで車掌の帽子をかぶり、料理に汗を流している。1品出来上がる毎に発せられるおじちゃんの「カツカレー、出発しまーす」におそらく奥さんであろうウェイトレスのおばちゃんがすぐさま反応し、お客に運ぶ。頬が緩む風景。
 店主が僕の近くに座っていたホリプロのお偉いさんに話すには、鉄道関係の品々は東京大空襲の時に拾ったものが多いとのこと。この店の歴史も随分古いのだろう。帰る客一人ひとりに「ありがとうございます」と心のこもった礼を夫婦揃って言うところを見ても、鉄道だけでなく人間にも相当ご興味のあるお2人であることが感じられる。しかし客が贈られる言葉はそれだけでない。帰途扉を抜ける客は「ありがとうございました」の他に「出発しまーす」の言葉で送られるのだ。
 コートを羽織り鞄を持つと、一人客の僕にも丁寧にそれらの言葉が贈られた。「出発しまーす」。今日が幾つかある「きっかけの日」の一つと感じていた僕には、なんだかとてもやさしく、運命的に響いた。扉を開けた外は光に溢れ、もう一度笑顔の夫婦を振り返り「ありがとう」とお辞儀をして、僕は丁寧に扉を閉めた。

投稿者:西原真志  2005.02.25