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さまざまなドラマ#5「すごい営業マン」

 暑い、7月末のことだった。自宅の電話が鳴った。NTTインターネット・サービスとやらの営業マンからだった。
「こんにちは。今インターネットをお使いですか?」
 若い男性の声で、会話は一方的な、相当に配慮に欠けるものだった。とりあえず彼の質問に答えた。
「今お使いのADSLからNTTの光に変えませんか?」
「いえ、別にいいです」
「何でですか?」
「何で…というか、特に不満もないので」
「何で不満が無いんですか?」
 ……軽く頭に来た。不満の無い理由を問われても、答えようがない。「自分にはなぜ不満がないのか」なんて、まるで哲学の世界だ。
「よほど良いものなら変更も考えますが、今はいいです」と伝えると、「今NTT光をオススメしているんですよ」と彼はさらにしつこく食い下がった。
 もう電話を切ろうと「またの機会に考えますから今日はいいです」と締めくくると、彼のその回答がユニークだった。
「本当ですか? またの機会に考えてもらえるんですか。ありがとうございます。じゃあさようなら」
 ここで電話は終わった。
 とても無邪気な営業マンだ。本来なら少なくともそこで、今後のつながりを保つために「すぐに資料を送ります」とか「では来月明けくらいにまたお電話させていただきます」ではないのか。
 その時点では変更するつもりはなかったが、その内容やコンタクトの仕方次第では、僕もNTTに変えたかもしれない。
 あれから約5ヶ月になろうとしている。彼は今頃きっと、違う職場で頑張っているのだろう。

投稿者:西原真志  2007.12.14

#4「さまざまなドラマ」

 渋谷方面に向かう246号線。環状7号線との交差点にさしかかったときだった。
 3車線の真ん中を行く僕の左後ろから、車内で聴いていた大音量をものともしない、長く大きなクラクション音が聞こえてきた。
 左のサイドミラーを見ると、乗用車が車道を走る自転車に対し、目障りな虫を払うかのごとく、敬意のない乱暴なクラクションを鳴らしつづけるのが分かった。
 しかし自転車も負けてはいなかった。頭にタオルを巻いた、20歳前後のアキバ系を思わせる男性は、クラクションを鳴らす車の目の前に飛び出し、ドライバーを睨みつける。ドライバーはさらにクラクションを鳴らす…。
 交差点を過ぎたところで、自転車を追い抜いたクルマは僕の目の前に車線変更してきた。あれだけのクラクションだから、怖い系の方かと思ったが、クルマはごく普通の国産車、ドライバーもごく普通の男性だった。
 次なるドラマは、三軒茶屋の手前で赤信号に止まったときだった
 ふと左をみると、先ほどのオタッキー系の自転車が目に入った。すごいスピードで僕を追い抜いたかと思うと、目の前にいる例のクルマの助手席あたりに、追い抜きがてら蹴りを一発入れた。「ボコッ」というサウンドが僕の耳にまで届いた。
 ドライバーには最初、何が起こったのか分からなかったようだ。しかし、徐々に理解することが出来たのだろう。無機質なクルマだが、後ろから眺めていて、完全に怒りに燃えはじめているのが分かった。
 信号が青になったその瞬間、そのクルマは乗用車ではなく、レーシングカーに変身していた。目標はあの自転車野郎。「待てこの野郎!」という感情むきだしの、246号線の3車線を舞台にした危険な追走劇がはじまった。
 しかし、映画ならそのままクルマを追っていけるのだろうが、現実問題としてできるはずもない。怒りに狂うクルマを追いたかったが、すぐに僕の視界から消えていった。
 そして、池尻大橋駅付近に来たときだった。覚えのあるクルマが停車しているのが見えた。先ほどのクルマだった。チャリンコ野郎が見つからなかったらしく、どうやら“待ち伏せ”戦法に変えたようだ。ドライバーはクルマを降り、タバコをふかしながら行き交う人々を凝視していた。

 「このあと、どうなるの!」とそこからの物語を見たい気もしたが、僕は止まらずに走りつづけた。
 この出来事の経緯を簡単にまとめてみる。
 ①邪魔な自転車に必要以上のクラクションを鳴らし、②鳴らされた自転車は信号待ちをしていたそのクルマを蹴ることで恨みを晴らす。③蹴られた方は行き場のない怒りを爆発させ街を激走し、④結局見つけられず、待ち伏せる。
 なんて短絡的でムダなことだろう。
 その後どうなったか気になっていたけど、こう考えると⑤の結果は、どうでもいいや。

投稿者:西原真志  2007.06.18

「さまざまなドラマ」その3

 今回はコーヒーショップの話ではなくて嬉しい。地下鉄、半蔵門線での出来事。
 座席は満席だった。僕は扉の隅に立ち、本を読んでいた。反対の扉から乗車してきた男性が、付近に無造作に置かれた荷物につまずくのが横目に見えた。つまずいたのは、目の見えない老男性だった。その老男性は、小学5、6年生くらいの孫娘のような女の子の肩に先導されていたため、転ばずに済んだ。
 つまずかせた荷物の所有者は、スーツを着た中年男性だった。その男は、自分の大きなカバンを堂々と出入口に置いたまま、マンガ雑誌を読みつづけていた。少女は機敏に目の見えない老人をフォローし、座席の隙間に座らせた。自分はその老人の前に立ち、クールにつり革に掴まった。僕は少し、サラリーマンを睨んだ。「その足下の荷物、どかせよ」と。そんな思いをよそに、老人は座席でリラックスし始めていた。そして同行している少女は、おもむろに本をカバンから取り出し、立ったまま読み始めた。内容は分からないが、文字だらけの専門書のようだった。僕はその少女をまじまじと眺めた。すごい女性だと思った。
 しばらくして、彼等は僕と同じ駅で降りた。荷物をそのままにマンガに読みふける、まだ降りないサラリーマンの横を、僕も後からつづいた。少女に導かれその肩に掴まり歩く、目の見えない老男性。その二人の関係の強さと堂々と街を行く姿には、彼等独自の歩みがあった。彼女に讃辞の一言でも掛けたかったが、そんな必要もないのだろう。僕はだまって、改札を通った。

投稿者:西原真志  2007.05.10

続、さまざまなドラマ

 前回につづき、コーヒーショップでのお話。なんだかいつもお茶しているみたいだが、まあいっか。今度の場所は神保町。学生らしき女性二人が僕の隣で、これまた大きな声で話をしていた。
 「あのネックレス、マジ買っちゃおうかなぁ」「この間グアムで限定のブレス、ゲットしちゃった」「やっぱあのバッグかわいいよねぇ、彼氏に買わせよっかなぁ」話は数々のブランドとその商品のことばかり。当然彼女たちの身体には、たくさんのアクセサリーが音を立てて光っていた。
 僕には決して、それらが美しい光景に映らなかった。“弱い犬ほどよく吠える”。飾り立てをしなくては不安なのか、逆に少し、可愛そうに感じた。テレビや雑誌で見るセレブと言われて喜ぶ方々も同様、なんとなく可愛そうに感じてしまう。“本物”は押しつけるものでなく、自然と感じさせるもの。何も飾らずまるで自然体なのに、魅力を発している人はたくさんいる。“本物”はそれ自体が相手に美しさを実感させるのだ。
 近頃のその“本物”を感じることがあった。出産立会のときだった。病院と縁遠い僕が過ごした約2日は、いろんなことを学ばせてもらう時間でもあった。例を挙げればきりがないが、今回のテーマで行けば、助産師さんや看護士さんの凄さだ。献身的な態度、職人のようなムダのない動き、与えてくれる安心感。これまでは考えたこともなかったが、これは感謝を過ぎて感動だった。化粧やアクセサリーをせずとも、働く彼女たちは内側から輝きを発していた。美しいと思った。そういったものこそが、女性だけでなく人としての“美”なのだと感じた。隣席の話を聞きながら、改めてそう思った。

 しかし、コーヒーショップは面白い。その客層に土地柄が強く表れる。学生街なら学生だし、オフィス街ならサラリーマンやOL、銀座ならお姉さん系、六本木なら外国人と、如実に土地の雰囲気が伝わってくる。次はどこの街でどんな会話が聞けるのか。次回のドラマが楽しみだ。

投稿者:西原真志  2007.04.26

さまざまなドラマ

 4月に入り、スーツ姿の初々しい男女をよく見かけるようになった。大半はフレッシュだが、そうでない女性がいた。
 場所は渋谷のコーヒーショップ。隣の席で、女性上司と部下である新卒らしき後輩女性社員が、文句を言いたくなるほどの大きな声で会話をしていた。「アタシ、この間ナンパされたんですよぉ。そいつが超ブサイクでさぁ、笑っちゃいますよぉ。でも、今思えばちょっと、もったいなかったかな♪なんて思いますけど(笑)」。
 声の主は、ボンレスハムを連想させる容姿の持ち主。先輩女性も返答に困っているだろうと2人に視線を向けたが、「マジで? そりゃーいっとかなきゃぁ」。共に高らかにタバコを吹かしながら、楽しそうな会話はつづいていた。
 「そういえば、歓迎会のあとは帰れたの?」。質問を受けた新人は「そうそう、聞いてくださいよぉ。ムカツクんですよぉ」と吸っていたタバコを乱暴にもみ消した。
 「結局、終電間に合わなくてぇ、前彼に迎えに来させたんですよぉ」。その先が気になってしまい、読んでいた本の文字は僕の頭に入らなくなっていた。「最初は『行く』って言ってたくせに、何分待ってても来ないんですよ。ムカツイて電話したら、『残業で…』とか言ってやがるんですよ。もう、“プチッ”って感じですよ、マジで」「マジで? 超ムカツクじゃん。でもそれって前彼ヒドクない?」。どちらがヒドイのか。100対ゼロの判決が目に見える。
 前彼は別れて良かった、ホントに。その前彼と彼女達が属する会社の行く末を思いながら、iPodの音量を上げて僕は再び読書に戻った。

投稿者:西原真志  2007.04.18