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祝・2016

迫りゆく壁を越える。

投稿者:西原真志  2016.02.03

あかりーそれから

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西原真志
Masashi Nishihara

投稿者:西原真志  2015.09.20

あかり

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西原真志
Masashi Nishihara

投稿者:西原真志

ひとつの区切りとして#2

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 1999年3月のインド・ネパール旅行中に山中でもらった指輪を左手の親指にはめて8年。2007年3月23日に、このヤマザキハウス・ジャポンの「宙」コーナーに『ひとつの区切りとして』として、その指輪が折れたことについて記載した。
 そこからまた8年が経過した、2015年5月。その際に新しい相棒となった指輪が、また折れた。
 “8年”という数字はたまたまではなく、自分の歩みとクロスオーバーしているのを実感する。これを機に、また新たなステージが始まったようだ。
 次の8年も、快く挑んでいこう。
 

投稿者:西原真志  2015.07.08

甘えの武尊

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投稿者:西原真志  2015.06.20

祝・2014

もちろんこれから。

10周年を迎える、
ヤマザキハウスJaponです。

投稿者:西原真志  2014.01.12

海山商事

どちらかというと山派だったけれど、
海の偉大具合に今さら衝撃を受けた。

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投稿者:西原真志  2013.04.06

Happy New Year 2013

新年あけまして、おめでとうございます。

今年のテーマは“アタック”。
苦手も含めて克服していく年です。

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投稿者:西原真志  2013.01.01

幸せを運ぶ鳥ちゃん

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ニュースを告げる鳥が飛びはじめました。

http://www.quietmedium.jp

たまに見に来てね!

投稿者:西原真志  2012.09.24

約束の日、9.21にさきがけて

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38年前のその日。
それは私たちの約束の日。
真志の喜びに満ちあふれた生誕が、
改めて地球上の喜びとなる瞬間(いま)。

おめでとう、真志。
ありがとう、真志。

世界に平和を。

ヒラリー
21st/Sep/2012

投稿者:西原真志  2012.09.13

ぱぱ

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 一人運転中のラジオで、アメリカ人のミュージシャンが語っていた。
「父親の影響でブラジル音楽に目覚めました。僕にとって父は偉大な存在なんです」
 何気なく聴いていたこのラジオに、まわりの風景が一瞬消えた。僕はどうなのだろうかと。実際に相変わらず照準が定まりきれておらず、自分に強い自信など持っていない。我が子にすら偉そうに教えられることが何一つ無い。
 僕自身のかつてを振り返ってみる。父親は常に、真の意味で大人に見えた。自身について悩んでいることは一切無さそうで、僕も存分に甘えてここまで生きさせてもらってきた。両祖父も社会的な地位を含めて、確立された一人の男として存在していた。越える越えないではなく、僕にとって絶対的な、尊敬すべきものとして今も存在しつづけている。
 そしていま、その立場になった自分。僕は二人の息子にとって、そのような存在になり得るのか、非常な不安感が頭と心を強烈に支配した。冒頭の言葉の通り、僕は相変わらず照準が定まりきれておらず、自分に強い自信など持っていない。我が子にすら偉そうに教えられることが何一つ無い。
 どの父親も同じなのだろうか。答えはイエスとノーの両方があるはずだ。こうすれば「息子に尊敬してもらえる10か条」といったマニュアルがあるはずもなく、この先も自分自身に悩みながらも、正々堂々と進んでいく姿を素直に子どもたちに評価してもらう他ない。
 というよりもむしろ、俺なんかの尊敬なんかどうでもよく、息子たちの将来にとって、何か一つでも役に立てる存在でありたい。虚栄を張る父親にはなりたくないから、ダメな父親だとしても自分なりに壁を乗り越えて、いつの日か「素敵な父親」と息子たちに言ってもらえたら…。アクセルを踏みながら、それが人生の一つの目標のように思えた。

投稿者:西原真志  2012.08.05

Thank You!!

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2012年3月12日(月)3時33分に次男が誕生しました。
和風の長男「士誠(シセイ)」の名にさらに“和”をかけ、
日本武尊(ヤマトタケル)から頂戴し「武尊(タケル)」と命名。
なんだか守ってくれそうな名前を持つ兄弟になりました。
士誠&武尊兄弟、イケイケブラザーズになることを願って。

photo:真夜中の立ち会いを終えた士誠&誕生1時間後の武尊、初のツーショット

投稿者:西原真志  2012.03.14

近づく瞬間

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二人目となる子供の誕生が近づいている。
一人目の士誠のときと比べ、
随分とお腹の中での時間が長く感じられる。

予定日は3/10だが、十分に育ち今すぐに誕生してもおかしくない。
落ち着かない時間がやってきた。
前回は一人でこの時間を過ごしていたが、
今回は士誠がいるから何か心強い。

二人でママと赤ちゃんを応援する。

投稿者:西原真志  2012.02.25

謹賀新年2012

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2012年。
信じることが真実。

投稿者:西原真志  2012.01.01

綿屋ーその2

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そして内部。

投稿者:西原真志  2011.12.20

綿屋

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取材で行った九州・福岡の地。
そこはかつて、自分のご先祖様が活躍した地でした。
「西に前原綿屋あり」
その拠点に初めて、触れさせていただきました。

photo:明治33年築「綿屋(西原家)」出店

投稿者:西原真志

石の教会

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お呼びいただきありがとうございます。

投稿者:西原真志  2011.11.16

太陽が輝きはじめました

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「Quiet Medium」のホームページで、
今日から太陽が輝きはじめました。

http://quietmedium.jp

投稿者:西原真志  2011.10.05

studio!

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士誠(4)がスタジオデビューしました。
ルパン三世のサントラに合わせて、
とても上手にドラムを叩きました。

投稿者:西原真志  2011.10.03

嬉しい一言

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4歳になる息子が突然一言。
「ねえパパ、インドに行きたい」

夢中で夏休みの航空券を探し始めた所で、
妻に冷静に止められた。

投稿者:西原真志  2011.05.22

イエイ!

「QuietMedium」口座が発足致しました。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

投稿者:西原真志  2011.04.18

初めて書きます

何度も書こうと思ってはやめてきた音楽のこと。なんだかそろそろ、書きたいと思いました。
ジャズ・ピアニストのデイブ・ブルーベックとポール・デズモンド(as)の『1975 : THE DUETS』。そして、日本のフェビアン・レザ・パネ(pf)と宮野裕司(as)の同じくデュオ作『プランタール』は、どちらもピアノとサックスのデュエット作。
両作とも根っこの深い深い部分で共鳴し合い、それを素晴らしく美しい花として咲かせている点で、聴く度に強烈な感動を覚える。THIS IS MUSICだと強く思う2作品。

投稿者:西原真志  2011.04.16

食べ物

自然栽培やオーガニックの食物をいただくことが、この半年で急増。そして最近のこと。これまで普通に食べていた定食屋のランチが、素材の良く無さと塩気の多さで食べられなくなってきた。そこには命の循環が無いんだ。

投稿者:西原真志

START!

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本格始動、ありがとうございます。

http://www.quietmedium.jp

投稿者:西原真志  2011.01.19

2011

2010もありがとうございました!
2011はもっと非常に頑張ります!

投稿者:西原真志  2010.12.29

Quiet Medium 始動

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ライティングを中心に、さまざまなクリエイティブを手がけるオフィス、
「Quiet Medium」がいよいよ本格始動。WEBサイト等も目下制作中。

投稿者:西原真志  2010.09.27

謹賀新年2009

良い方に変えていきましょう!

2009年万歳!

ヤマザキハウス・ジャポン事務局

投稿者:西原真志  2009.01.01

時の刻み

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 どこでも誰にも等しく、同じ時間が流れている。自分はどんな時間を過ごすべきなのだろうかと、これまで出会ったものを思い起こして考えてみるといつも、まずは目の前に現れたものを一つずつクリアしていくべきなのだと気づく。その先にきっと何かが見つかると思い込んで。
 これを繰り返すうちに、人生は終わってしまうのだろうか。それとも、自分はどんな時間を過ごすべきかを考えなくて済む、発見の瞬間があるのだろうか。その発見の瞬間があるとすれば、それは天職に出合うか、死んだ時のどちらかだろう。
 生きるだけでなく、生かす生き方を掴みたい。平等に与えられた時の刻みのいくつかを使って、僕は最近それを考えている。

投稿者:西原真志  2008.12.09

伝わり来る存在感

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 歩いていて、目に入った訳ではないのに何かの存在をどこからか感じることがある。無い経験ではないけれど、それほど多く経験することでもない。
 大空間の廊下を歩いていた僕を振り向かせたのは、50mほど先にたたずむ、古代エジプトの像だった。窓の向こうから、不思議な存在感をとても静かにしかし強く発していた。
 人間にもそんな不思議な存在感を発している人がいる。それは間違いなく何かを成している人だ。明確な裏付けを基に自身や自分の経験に自信を持ち、さらに結果につなげた人。そういった人ほど、そのたたずまいや眼差しは静かで優しい。そして深い所に強さを秘める。
 この像はきっと、そんな“静かな強さ”という美が具現化されたものなのだろうと感じた。

投稿者:西原真志  2008.10.21

人間のように自由になれたら

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 みなとみらい線「馬車道」駅から東横線「渋谷」駅に向かう、土曜日の最終電車。車内は空いていて、僕は座席に座っていた。横浜駅に到着すると、突如乗客が増えた。
 駅を過ぎるとその瞬間、「プシュッ」という聞き覚えのあるサウンドが、同時多発的に数カ所から響いてきた。
 つり革に掴まった30歳前後の男性が開けたのは、アサヒ『スーパードライ』だった。ドア付近に立つ20代半ばの男性が開けたのは、『カクテル・パートナー』のオレンジ系だった。逆のトビラ付近に立つ20歳そこそこの男性が開けたのもまた『カクテル・パートナー』だったが、今度はどうやら、レモン系のようだった。いずれも500mm缶のお酒である。

 いつから東横線はこんなに自由になったのだろう?

 横浜駅からの最終電車は決して空いてはいなかった。座席は全て埋まり、つり革も半分以上が埋まっていた。その中で、しかも座る僕の視界の範囲内だけで、関係のない三人の男性それぞれが一人で、お酒を嗜んでいるというこの現実…。
 そんな彼らを興味半分眺めていると、今度は目前に座る男性の読む新聞が目に入ってきた。1面トップの記事は「千葉に!! カッパ来襲」というものだった。
 
 いつから日本国はこんなに平和になったのだろう? 

 まぁいいか。もう、好きにしようぜ。

投稿者:西原真志  2008.09.28

今さら由来を明記

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 5ヶ月と1週間、更新の無かったこの欄に新たな息吹を、と考え、子供の名の由来を書いてみることにした。

 長男「士誠」の名は、三島由紀夫の映画『憂国』の象徴として掲げられる掛け軸に記された「至誠」を元にした。
 「至誠」は至福や至近などの言葉と同じく、何かに至る、悟りの境地を表している。この場合は、誠に至ることになる。が、僕らには「至」の文字が好きになれなかった。
 そこで様々な候補が挙げられた。志誠、詩誠、史誠…。
 結局選んだのは「士」だった。
 士には弁護士や会計士といった“士業(サムライ・ギョウ)”、いわゆるその道のプロフェッショナルの意味がある。彼は誠のプロフェッショナルなのだ。
 子供の成長は早い。持ち主の士誠は、この名を気に入ってくれるだろうか。

投稿者:西原真志  2008.04.19

時計が知らせるもの

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 一人暮らしを始めると同時に、部屋にあう時計を探してまわった。7年半ほど前のこと。結局「これ!」というものが見つからず、適当に自分でつくった。段ボール紙を適当に切り抜き、モーターと針を取り付けた。その段ボールにどのような色を付けようか、迷った。
 結局クレヨンでベースを緑色に適当に塗り、適当に数字を書き込んだ。しかしなぜか当時の僕は、数字の列を一般的な時計とは合わせないでいた。何度もつくりなおしてこうなったのではなく、唯一つくったこれがそうなったのである。
 時を超え、家が変わってもその時計は、自宅の中心で時を刻んでいる。訪れる人には同じくこう説明している。「数字は見ないでください。目に見える針の指し示す場所のみを、あなたの目で読み取ってください」。
 ほとんどの返答が良い意味でなく答えに窮した挙げ句の「面白い時計だねぇ」で終わる。しかし今、改めて僕はこの時計を気に入っている。決して右へ倣(なら)えの優等生ではないが、確実に時を刻み、時を示してくれている。さらに単純に見やすく目に入るというのではなく、ワンテンポ考えさせてくれるという、贅沢な瞬間を与えてくれている。
 見た目なんかどうでもよく、重要なのはそこに真理があるかどうかが重要なのだと、「今何時だろう?」と目をやるたびに、この時計は知らせてくれる。

投稿者:西原真志  2007.05.10

モンキー2丁

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 きっとこの2人は、たくさん運んだのだろう。子供たちだけでなく、笑顔や思い出も一緒に。おそらく昭和から活躍したであろう役目を終えた2人の表情が、郷愁を感じさせる。
 自分も母親に連れられて、このような乗り物に乗った記憶がある。一定の場所で微かに動いているだけだが、いつまでも乗っていたかった。止まってからも駄々をこね、サイフから100円玉を出す母親の姿も目に浮かぶ。
 感謝の気持ちを忘れてはいけないよ、と、この2人の駕籠屋に教えられた気がした。それが今も存在する、彼等の理由なのかも知れない。動かなくなっても僕らに何かを与えてくれる、第2の役割を担う者として。

投稿者:西原真志  2007.04.24

なぜ?

 最近、久々に映画館や美術館に多く訪れている。その内の一つに、東京国立博物館に展示されている、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」があった。
 地下鉄を降り、上野公園に足を踏み入れるまでは普通だった。しかし公園に入ると突如、国立博物館を目指す僕の頭の中にX JAPANの曲が流れ始めた。どうしてかは分からないが、公園を横切りながら「叫んーでみろ、X!」「くーれないーにそ〜まぁった〜」と、これまでまともに聴いたこともない曲が、どうしてか響き始めた。
 直前に聴いた訳でもない、それまで好きだった訳でもない、そんな曲のそのフレーズが、僕の頭の中でリフレインされた。
 「受胎告知」は当然素晴らしかった。ただ、絵を見ている最中も僕の中にはなぜか、X JAPANの楽曲が流れていた。
 未だにその謎は解けない。

投稿者:西原真志  2007.04.20

ひとつの区切りとして

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 1999年3月。ネパールのポカラという街で、物売りの女性からチベット仏教のマントラ(真言)が刻印された指輪をもらった。その日から昨日の夜まで、ほぼ一時も離れることなく、その指輪はぼくの左手親指に留まっていた。寝ても起きても食べてもシャワーを浴びても、その指輪はぼくの身体の一部のように、ずっとぼくとともに存在した。その指輪が、昨夜、折れた。
 元々モノが良い物ではなかったので、いつかはこの瞬間が来るものと思っていた。しかし社会人になってからも一緒に生きてきたという愛着感は相当に強く、数年ぶりに何もない左手の親指に、非常な違和感を覚えている。そこに存在しないのに、無意識でその“心のよりどころ”を触ってしまう。ぼくにとってその指輪は、学生から社会人に変わるまでの、一つの象徴のようになっていたのだ。
 その象徴が、変化を遂げた。この4月から仕事のスタイルを変えようとする矢先だったこともあり、これまでの一つの時代が終わったのだという感慨を与えられた。これからまた新たな歩みが始まるという気持ちを、その象徴は象徴的に知らせてくれたのだ。
 あまりに左手が気になるので、先ほど近所のチベット雑貨屋に行ってみた。すると全く同じではないが、チベット仏教のマントラが刻印された前のとよく似た指輪を見つけ、直感的にすぐに購入した。
 次の時代を築く新たな自分の象徴として、空いていた場所に気持ちよく収まってくれた。ネパールでもらったあの指輪ではないけれど、今日からまた一歩ずつ、一緒に歩いていく。

投稿者:西原真志  2007.03.23

残された者の心痛はいかに

 西日のあたるマンションの玄関先通路に、バスマットを干していたときだった。「すみません、ウチの子供見かけませんでしたか?」。2つ隣に住むお母さんに声をかけられた。「いえ、見てないですけど…」「私が化粧をしている隙に、勝手に外に出ていってしまったみたいなんです…」。お母さんの動揺を見て、僕も何かしなければと感じた。まだしっかり話せないとのことで、それが心配をより強くしているらしかった。
 見たことがない子供なので服装や容姿を聞き、近所を車でまわった。見つけたところでそこからどう連れて帰ればよいか、このご時世、勝手に車に乗せてしまっていいのかとの疑問もあったが、それよりもとにかく探して発見することが最重要と、お母さんの表情を見て思った。 
 それらしき姿は見られず捜索から一度戻ると、さんざん近辺を探し回ったお母さんは心配そうに一人、通路から外を祈るように眺めていた。「主人にも連絡して、仕事から戻ってきてもらうことにしました。ご迷惑をおかけしてすみません」「いえいえ、他にどこか心当たりはないんですか?」「うーん、もしかしたら駒沢公園の可能性もあるかもしれません…でも、だいたいの場所はもう確認したんです…」。
 僕は駒沢公園の方に行ってみた。子供は沢山いたが、目当ての子供ではないらしい。結局見つからず、マンションに戻った。お母さんはまだ外にいた。「本当に申し訳ありません。警察にも連絡しましたので、あとはこちらで探しますので」。自分の外出の時間が近づいていたこともあり、「もし人手が必要でしたらまた声をかけてください」と部屋に戻った。
 シャワーを浴びて浴室を出ると、チャイムが鳴った。インターフォンからの声は、あのお母さんだった。「ありがとうございます。見つかりました!」「良かったですね、どこにいたんですか?」「図書館にいたそうです」。本当は扉を開けて話をしたかったが、風呂上がりで全裸だったため、それは叶わなかった。
 出がけに鍵をかけていると、例の家族3人と出くわした。「今日はありがとうございました。ほら、お礼を言いなさい」。1時間ほど前とはうって変わって、お母さんは安堵の表情に包まれていた。子供は怒られてこそいないが親からいろんなことを言われたらしく、半ばしおれた感じで、僕に向かい「ありがとーごじゃーました」と言った。

投稿者:西原真志  2007.03.08

ありがとう

31時間におよぶ陣痛を経て、
2月3日(土)AM5:45。
無事に男の子が誕生しました。
その瞬間は、深く身体に刻まれました。
可能であれば、詳細を縄文に書きたいと思っています。

ずっと慈愛に満ちた目で心強さを与えてくださった、
助産士さんや先生。親族や友人。
とにかく耐えに耐えて頑張ってくれた母となった妻。
そして、僕たちのところを選んでくれた子供に、
心の底から本当に、ありがとう。

ようこそ我が家へ。
西原士誠くん!

投稿者:西原真志  2007.02.05

迫る瞬間

 子供誕生の瞬間が迫った。予定日は本日、1月31日。最も緊張し、落ち着いていないのが、僕のようだ。この緊張感は、他にない。
 チャレンジとなる仕事や海外旅行前などに少し近い緊張感かもしれないが、最も違うのは自分自身では何もできないこと。いくら自分で腹をくくっても、何も解決できないのがこの“落ちつかなさ”に直結している。今こうしている間にも「陣痛が来た」と、いつ言われるか分からない。
 とりあえず本や新聞を読んだり音楽を聞いたりDVDを見たりしているが、頭に入っているのかどうかも自信がない。でも、何かをしていなければこの緊張感を抑えることができない。多数の友人が子供をすでに育てているけれど、こんな気持ちを彼等も乗り越えてきたのかと思うと、「ふだんはくだらない話ばかりだけど、実はすごいことをしていたんだ」と見る目も変わってしまう。
 数日前から目に見えてお腹の出具合が変化し、さまざまな痛みもでてきているようだ。お腹の大きい彼女がトイレに立つと、こちらにも緊張が走る。「何か起こったのではないか」といちいち気にしてしまう。少し長いなと感じたら、どのタイミングで声をかけに行こうか、ソワソワしてしまう。でも今のところ「まだだから、大丈夫だから」と笑いを含んだ返事ばかり。でもこの返事が「陣痛が…」に変わる瞬間が、確実に近づいてきている。
 頑張るのはお母さんと子供であることは、それはもちろんだけれど、このように落ち着かない時間を過ごしている人間がいることを、子供は知ってくれるのだろうか。知るはずもないだろう。だって、僕だって同じく生まれてきたのに、そんな人のことは考えたことがなかったから。こんなのはまだまだ序の口だろうが、親に感謝する気持ちを気づかされつつも、期待とこれからの責任の重さで頭がいっぱいになっている。

投稿者:西原真志  2007.01.31

1音の重み

 人間を音符と捉えてみる。一人ひとりは四分音符、八分音符、十六分音符とさまざまにリズムを変え、ドからシと音階を変え、さらに状況に応じてオクターブを変えながら、単音として社会という楽譜に刻まれる。
 大変なのは、毎日の生活では単音よりも、和音を奏でなければならない場合が多いことである。自らのリズムや音階をそのときの譜面に適合させつつも、今一瞬のハーモニーにも共鳴しなくてはならない。人間は大変な生き物だ。すばらしい調和を生むこともあれば、不協和音を奏でてしまうこともある。いちいち悩んでは、楽譜を進めることができない。どの音が自分らしいのか、自分はどんな音になりたいのか。譜面を見渡し、和音を共に形成する他の音符を選び、自らをも磨いていく必要がある。これは一生終わることのない作業なのだろう。
 自分は次にどんな音になるべきなのか。それを考える時間が休符、つまり沈黙である。人生や社会生活という楽譜の中に、自分自身の休符を意識的に組み込む必要がある。この場合の休符とは休みを取って1日遊ぶことではなく、“考えるための沈黙”を実行することである。音楽は音と沈黙で成り立ち、絵画は光と陰で成り立つ。人間という音符にも、発する音だけでなく、沈黙という音が必要なのだ。
 沈黙は時間や場所を選ばずに行うことができる。水面に石を投げ入れると波紋が広がるように、形成の大きな要素を水に頼る人間は、日常を過ごすだけで無意識のうちに波動を受け、波紋をつくりだしている。自分の音を輝かせるためにも、他の音と共鳴させるためにも、ノイズとなる波紋を排除して自分の音符を形成しておかなければならない。
 人の人生はポリフォニーかもしれない。ポリフォニーとは音楽用語で“多声音楽”を指す。各声部がそれぞれ独立したメロディを持ちながら、全体として一つの和声をつくっているものである。音符である自分が紡ぐメロディは、必ず誰かとのポリフォニーとなり、人生がつくられてゆく。そしてそれが結局、幸せにつながってゆく。音符の正確さなくして、美しいメロディと納得のポリフォニーはあり得ない。今奏でる一音が、常に大切なのだ。

投稿者:西原真志  2006.11.04

嬉しい裏切り

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 東京湾をめぐる船上結婚パーティに参加させてもらった。当初は船内でさまざまな挨拶と出し物があり、飲食を楽しむものとばかり思い込んでいた。まったくその期待は、良い方に裏切られた。

 1階には室内の船室があるが、参加者は2階のオープンデッキに集められた。デッキ中央にはスポットライトを浴びたDJブース。大きなスピーカーが四方に置かれ、夜空の下、大きなクラブ空間が誕生していた。久しぶりに吸い込んだ海風に、華美に過ぎないリズムが反響する。見渡せば360度、東京の煌めく街並み。普段は記憶に残らないネオンや看板も、このときばかりは印象深く身体に響いてきた。
 主役の二人を囲む参加者も、思い思いに景色を感じ、風と音楽を受け、お酒に酔いしれていた。自然体の二人に、こちらが思わぬプレゼントをもらった気持ちになった。

投稿者:西原真志  2006.10.15

さようならば…

 その意味や本質を知ることで、見方や価値観の変わることはよくある。あまり興味の持てなかった映画や音楽でも、「そのような意味があるのか」と知ることで突如その世界に引き込まれたり、「そんな興味や特技を持っているんだ」と、より他人に親近感を抱いたり。誰にでもこのような経験はあるはずだ。
 最近、特に僕の見方が変わったものがある。それが、日本語の別れの挨拶「さようなら」である。
 「さようなら」には、「左様ならば、仕方がない…」「そうであるならば、従おう…」の意が源にあり、そこから「さようなら」という挨拶が生じたという。「別れたくないけれど、そうならなければならないのなら、その流れに従おう」とする、日本人らしさを感じ取ることができる。
 英語では「神がいつもそばにあるように」と「グッドバイ」になり、中国では「また会いましょう」と「再見」となる。同じ別れの挨拶でも、微妙にニュアンスが異なり面白い。
 「本当はもっとこうしていたいのだが、そうしなければならないのならば…」という「さようなら」。決して後ろ向きでない、日本人ならではの諦念感が心地よい。この意を知ると、今後の使用方法も変わってくる。

投稿者:西原真志  2006.08.06

慰霊

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広島に落ちた原爆の爆心地近く、爆風を浴びた原爆ドームのすぐ横に、
広島市民球場が生活にとけ込むように、建物にまぎれ、並んでいる。

そんな場所で、大空の下、
観客は家族や友人と、好きな時間を過ごしている。
記念式典も重要だが、なによりの慰霊なのだと感じた。
広島市民球場は、ただの施設ではない。

写真:広島市民球場でのカープ戦。

投稿者:西原真志  2006.08.02

Power

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倒載干戈。

投稿者:西原真志  2006.04.05

Power

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祈りを一つ。

投稿者:西原真志  2006.03.21

インペリアルパレス

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皇居内部へ。

左:家康が東京湾や富士を眺めた富士見櫓
右:国賓が通される宮殿。一般参賀もここ
下:宮殿東庭から眺めた、櫓と大手門方面

より内部に招待でもされない限り、
外からの眺めの方が良し。
見学は宮内庁HPへ:
http://sankan.kunaicho.go.jp/index.html

投稿者:西原真志  2005.12.01

赤と黄色と青と白

上を向いて歩いたら、日本はこんなにカラフルでした。

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投稿者:西原真志  2005.11.28

あれから365日

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2005年8月31日23:59PM
ヤマザキハウス・ジャポン
満一歳

投稿者:西原真志  コメント (3)  2005.09.07

タッキー&真志

 大瀑布というものが世の中にはあるが、ここ1年でそれらに触れる機会が急増している。日本の三大瀑布と言われる「那智の瀧」「袋田の瀧」「華厳の滝」にもこの1年で立て続けに伺うこととなった。仕事や偶然の結果である。半年前には世界の大瀑布、巨大でパワフルなブラジルの「イグアスの瀧」も見に行ったが、それに比べ、日本のこの三大瀑布はいかにも日本の特性を表しているようだった。富士山と同じく、日本の瀑布には、繊細ながらも力強い美力がある。
日本も広い。

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写真:(上左)袋田の瀧(茨城県) (上右)那智の瀧(和歌山県)
   (下)イグアスの瀧(ブラジル側)

投稿者:西原真志  2005.07.29

世界のsonota

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 レコードショップで「その他」の欄に並べられるレコードばかりを、専門的に集めたレコードショップ「MANUAL of ERRORS SONOTA」が先日渋谷にオープンした。「SONOTA-その他-」という店名の通り、品揃えは見たことのないレコードばかり。マンション11階の1部屋、10畳ほどの店内には、品良く静かにレコードが陳列されている。
 陳列の中でも、唯一一般的なカテゴライズがジャズ。メジャーな名盤も数枚紛れ込んではいたが、ほとんどが初対面のアルバムばかり。また音楽そのものだけでなくジャケットのデザインにも注目するというコンセプトとのことで、どのジャケットを見ても「カワイイ」と思わず手に取って眺めてしまう。
 ジャズを除く、その他のカテゴライズは特徴的。「虫」「男性が好きそう」をはじめに、カワイイレコードたちは「その他」をさらに細分化したさまざまなカテゴリーに詰め込まれる。
 今日は3枚のレコードを買ったが、その中の1枚は特にSONOTAならではの代物。「男性が好きそう」カテゴリーで見つけたのは『San Francisco Gay Men's Chorus』という120人編成のゲイ聖歌隊のアルバム。「Tours America'81」と銘打たれ、男性同性愛者の聖歌隊がニューヨーク、ボストンなど全米を巡った軌跡が堪能できるようだ。まだレコードに針は落とせずにいるが、気が向いたら聞いてみようと思う。
 そんな話を、ヤマザキハウス・ジャポンで「その他」のような扱いの欄、「宙」に書いてみた。詳しくはこちらを。http://www.manuera.com/sonota/

投稿者:西原真志  2005.06.27

This Time The Dream's On Me

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投稿者:西原真志  2005.05.06

待ち人Shinin'

足を止めたのは、掴まれただけが理由でない。

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投稿者:西原真志  2005.04.11

蓮の花

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 必然としての縁命で西に呼んでいただいた。インプット量があまりに多すぎて昨日は寝込んでしまったが、それなりに消化が進んだ今日は気分が広まり、仕事も快調に進む。やはり見えない力は確実に動いているとの思いは日増しに強まる。

写真:(左)和歌山県 「高野山 金剛峯寺」
   (右)奈良県天川村 「天河弁財天社」

投稿者:西原真志  2005.03.10

インドへ

 宇宙エネルギーと地球エネルギーが融合する場所とされる、
京都・鞍馬山のある一点が「宇宙の玄関」と言われてることをご存知ですか? 
金星から宇宙人が到来したとされる場所です。
 
 そのポイントから「空」を撮りました。何か感じたら教えてください。

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†画像をクリックすると2倍の大きさでご覧いただけます

投稿者:西原真志  コメント (1)  2005.02.01

おつまみ

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投稿者:西原真志  2004.11.05

再見!

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 「人は、生まれるときには自分が泣き、まわりが喜ぶ。死ぬときにはまわりが泣き、自分が喜ぶ」。これは僕の、好きであると同時にそうあって欲しいと願う言葉の一つです。
 「別れ」の分だけ去る人は残る人に何かを与えているという。悲しむだけでなく、残される僕達はそれを前向きに理解したい。「しかし、本当に楽しかった、あなたに会えて本当に良かった」。
 しばらく会えないけど、心ではいつも会ってます。どこかであなたが笑顔でいることを、いつも感じています。みんなには会えたのかな?どうぞ、よろしくお伝え下さい。とりあえず今は、おつかれさま。ありがとう、いつまでも元気で。人間の時間で言えばもうちょい先になるけど、また会うから、絶対。そのときまでヤンチャでいて下さい。マサシ

投稿者:西原真志  コメント (2)  2004.10.22

熊野三山

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 九月の中旬。紀伊山地、熊野本宮を詣でた。山々は日本中にあるが、初めて見る熊野の山々は別格だった。大阪から和歌山に入る高速道路から見える景色だけでも他と違う。運転しながらずっと、「日本書紀」を感じていた。あぁ、ここが日本の中心なんだと強く思った。東京というのは単なる文明の中心でしかなく、この紀伊山地周辺が、日本人そのもの、歴史の大本だと感じた。
 今回熊野本宮大社に行く決心をしたのは、周辺の古道を含めた紀伊山地周辺が世界遺産に登録され、その記念式典に参加する、という理由からだった。いや、厳密に言うと式典よりもそのあとのコンサートを見たかったからだ。熊野の森の中で行われるこの野外コンサートを「奉納」と呼ぶその主役は、細野晴臣だった。
 2千年以上前に建立された熊野本宮大社の社殿は、もともと大斎原(おおゆのはら)といわれる川沿いの場所に鎮座していた。しかし明治時代に洪水で流されたため現在は高い場所に移築された。コンサートは以前その社殿のあった大斎原で行われた。暗くなった夜七時。1,200人の聴衆は、高さ40mもある鳥居をくぐり、平均的な小学校の校庭ほどの広さを持つ、木々に囲まれた大斎原に集められた。並べられた椅子の正面には特設ステージが見える。後部に座った僕のすぐ右には、社殿があった印である石灯籠と石碑が建てられる、正方形に囲われた厳かなスペースが見えた。
 音も光も余計なものはいっさい無い。それだけでも十分な音楽だと思ったが、ガムランの演奏からコンサートが始まった。なぜインドネシアの民族音楽ガムランかはわからなかったが、聞いているうちに理解できた。それは「人間自身の響き」だったのだ。それを裏付けたのが、6人のお坊さんの読経とのコラボレーション。神々が宿る自然の中で、ガムランの音色とお経が融合する。人間のルーツは同じなんだと感じさせられた。ステージ上のそれらの音がだんだん小さくなると、右手から太鼓の音が響く。暗闇に浮かぶ石碑の前に、細野が太鼓をたたき立っていた。隣にいるもう一人は、神秘的な笛奏者、雲龍だ。松明に火が灯り、石碑周辺がおぼろげに明るくなる。二人は石碑に向かい深々と一礼し、雲龍は和笛を吹き始める。細野は周囲を歩きながら、太鼓をならしその場すべてのリズムを司る。涙があふれて仕方なかった。

 紀伊山地は日本のヘソと言われている。さらにコンサートの会場、熊野本宮大社大斎原は中州に位置し、航空写真で見ると「子宮」の形をしているという。もし僕が今首相だったら、かつての首相のように「神の国」発言をしたと思う。「日本」という言葉がとても美しく思えた。

投稿者:西原真志  2004.09.29